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横山操 よこやまみさお

生没年

1920-1973

出身国

日本

記事

毛利伊知郎 横山操|瀟湘八景の内〈洞庭秋月〉 友の会だよりno.8 1985.3.20
日本画の現在をみる図録 1986.1
牧野研一郎 「横山操《瀟湘八景・洞庭秋月》」 ひるういんどno.12(1986.1)
東俊郎 ミニ用語解説「瀟湘八景」 友の会だよりno.18, 1988.7.23
横山操・横山大観の瀟湘八景と近代の日本画―展図録 1990.4
森本孝 「横山操の瀟湘八景」 ひるういんどno.31(1990.6)
没後20年記念 横山操展図録 1993.5
常設1993年度第4期(1994.1) ■@第2室:横山操の「瀟湘八景」 酒井哲朗
毛利伊知郎 横山操|富士雷鳴 友の会だよりno.36 1994.7.23
常設1994年度第4期(1995.1) ■第2室:横山操「瀟湘八景」 山口泰弘
常設1995年度第4期(1996.1) ■第2室:横山操「瀟湘八景」 毛利伊知郎
常設1998年度第1期(1998.3) ■第2室:横山操「瀟湘八景」+橋本平八の木彫 毛利伊知郎
常設2000年度第1期(2000.3) ■第2室:横山操の瀟湘八景 佐藤美貴
毛利伊知郎 横山操「瀟湘八景」 三重県立美術館所蔵作品選集 2003.10
道田美貴「第2室:横山操《瀟湘八景》」、HILL WIND 13(2006.11.7)
《瀟湘八景》;他の作品解説

略歴

1920(大正 9)年  新潟県西蒲原郡吉田町に生まれる。

1934(昭和 9)年  吉田尋常高等小学校高等科を卒業、上京して画家をめざす。

1939(昭和14)年  川端画学校に学ぶ。

1940(昭和15)年  第12回青龍社展に「渡舟場」が初入選。その後応召、中国大陸各地を転戦する。

1945(昭和20)年  終戦と同時にシベリア(カザフ共和国)カラガンダの収容所に抑留され、石炭採掘に従事する。

1950(昭和25)年  復員。第22回青龍社展に「カラガンダの印象」を出品する。

1956(昭和31)年  「炎炎桜島」を第28回青龍社展に出品する。

1957(昭和32)年  「塔」を第29回青龍社展に出品、奨励賞を受賞する。

1961(昭和36)年  「富士雷鳴」を第2回轟会展に出品する。

1962(昭和37)年  「十勝岳」を第34回青龍社展に出品、作品が大きすぎるという理由で縮小を求められ、これを契機に青龍社を脱退する。

1963(昭和38)年  「瀟湘八景」などを横山操屏風絵展に出品する。

1965(昭和40)年  多摩美術大学教授となる。

1968(昭和43)年  越路十景展(彩壺堂画廊)。

1971(昭和46)年  脳卒中で倒れ、右半身付随となる。

1973(昭和48)年  再び脳卒中で倒れ、4月1日、東京で没。

館蔵作品

作品名 制作年 材料 寸法
富士雷鳴 1961(昭和36)年 紙本着色 71.9×115
瀟湘八景  全8点 1963(昭和38)年 紙本墨画 -
江天暮雪(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
洞庭秋月(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
漁村夕照(瀟湘八景より)  1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
山市晴嵐(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
平沙落雁(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
遠浦帰帆(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
瀟湘夜雨(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
烟寺晩鐘(瀟湘八景より) 1963(昭和38)年 紙本墨画 121×243
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