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常設展示1993年度【第4期展示】 1994年1月4日(火)〜3月27日(日)

第1室:明治・大正期の洋画

絵画や彫刻などの美術作品に接する場所というと、現代では美術館や画廊が連想されるのが一般的であろう。しかし、そうした施設がわが国に生まれたのは、さほど古いことではない。わが国の美術館は大部分は第2次世界大戦後に開館した、歴史的には非常に新しい存在である。

美術館などができる以前、人々はどのようにして絵画や彫刻などと出会っていたのだろうか。伝統的な日本絵画の場合は省くとしても、江戸時代後期から盛んに試みられ、明治時代以降本格的に制作され始めた西洋の技法や表現による絵画などの場合、今日では考えられないような作品と人々との交わりがあったようだ。

その例として最近よく言及されるのが、油絵茶屋やパノラマ館である(木下直之著『美術という見世物』<1993年 平凡社>他)。それによると、明治初期の東京浅草には、お茶やコーヒーを飲みながら、芝居舞台や役者・力士らを描いた油絵を楽しめる油絵茶屋があった他、東京や大阪、京都には油彩の戦争画や風景画などを周囲の壁面に描き廻して観客にみせるパノラマ館が営まれていたという。

このような場では、東洋絵画とは比較にならぬほど対象を精密に描き出すことができるという西洋画の特質がまず注目されている。これは、油絵茶屋のような場に限られたことではない。江戸時代後期から明治時代にかけて西洋絵画に接した日本の人々は、例外なくといえるほど誰もが、何よりもその精密描写に心ひかれたのであった。

そうした意味で、第1室冒頭に展示される岩橋教章の「鴨の静物」は、明治初期に西洋画法を学んだ画家が修得した写実表現の成果を示す典型的な作品である。伊勢松阪の出身と伝えられる岩橋は、海軍省に勤務するかたわら、ウィーンに留学して銅・石版画技法を学んだ。この「鴨の静物」は、作者が留学から帰国した翌年の1875年に描かれた図で、病気見舞いの鴨を実物大に病床で写した作という伝承も持つ。保存状態は良く、色調なども制作当初とあまり変わっていないと思われるが、醒めた眼で対象を見つめて、正確な筆使いで画面に忠実に再現した技量には驚かざるをえない。また、主題の点でも、本図はわが国における静物画の冒頭に位置する作例として、その意義は大きい。

また、油彩画が大量に制作されるようになった明治時代前期には、それらを日本家屋に飾るために、いくつかの工夫が行われた。川村清雄の「梅と椿の静物」は、そうした日本的な西洋絵画受容のあり方を示す作例である。この作品は、椿の折枝と梅の鉢植え、蒔絵箱という日本的なモチーフが画絹という伝統的な画材の上に、油彩技法によって描かれている。

縦に長い本図の画面形式は、床の間に飾る日本の掛幅を意識して生み出された可能性が大きいが、こうした和洋折衷ともいえる事例は、明治時代前期には珍しいことではなかった。油彩画は襖や屏風、柱掛などに描かれることもあり、その主題も松竹梅や名所絵など日本絵画の伝統的な画題が少なくない。

そして、油彩画という西洋的な枠組みに、日本的な主題や画面形式などを包み込もうとして生まれた、西洋と日本とが混交した独特の絵画世界に、高橋由一の作品に代表される明治前期油彩画の魅力の一端があることは否定できないだろう。

(毛利伊知郎)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
岩橋  教章 (1835-1883) 鴨の静物 1875 水彩・紙  
チャールズ・ワーグマン (1832-1891) 風景 不詳 油彩・キャンバス 寄託品
川村  清雄 (1852-1934) ヴェネツィア風景 1880頃 油彩・キャンバス 井村二郎氏寄贈
川村  清雄 (1852-1934) 梅と椿の静物 不詳 油彩・絹布 藤井一雄氏寄贈
五姓田 義松 (1855-1915) 狩猟図 1894 油彩・キャンバス 寄託品
浅井   忠 (1856-1907) 小丹波村 1893 油彩・キャンバス  
ジョルジュ・ビゴー (1860-1927) あんま 不詳 水彩・紙  
安藤 仲太郎 (1861-1912) 梅花静物 1889 油彩・板  
長原 孝太郎 (1864-1930) 自画像 1900 油彩・キャンバス 長原担氏寄贈
黒田  清輝 (1866-1924) 雪景 1919 油彩・板  
黒田  清輝 (1866-1924) 夏の海 不詳 油彩・板 寺岡富士氏寄贈
久米 桂一郎 (1866-1934) 秋景下図 1895 油彩・キャンバス  
中村  不折 (1866-1943) 裸婦立像 1903頃 油彩・キャンバス  
藤島  武二 (1867-1943) 浜辺 1898 油彩・板  
藤島  武二 (1867-1943) 裸婦 1906頃 油彩・キャンバス  
藤島  武二 (1867-1943) 裸婦 1898 木炭・紙  
岡田 三郎助 (1869-1939) 岡部次郎像 1898 油彩・キャンバス  
鹿子木 孟郎 (1874-1941) 狐のショールをまとえる婦人 1902 油彩・キャンバス  
鹿子木 孟郎 (1874-1941) 教会 1917 油彩・キャンバス  
満谷 国四郎 (1874-1936) 裸婦 1900頃 油彩・キャンバス  
和田  英作 (1874-1959) 富士 1909 油彩・キャンバス 岡田文化財団寄贈
石川  寅治 (1875-1964) 川岸 不詳 水彩・紙  
青木   繁 (1882-1911) 自画像 1905 油彩・板  
戸張  孤雁 (1882-1927) トルソ 1914 ブロンズ  
田中 志奈子 (1882-1971) 人物習作−裸体男性 1905 木炭・紙 柳原一彦氏寄贈
萬  鐵五郎 (1885-1927) 木の間よりの風景 1918 油彩・キャンバス  
中村   彝 (1887-1924) 婦人像 不詳 油彩・キャンバス  
小出  楢重 (1887-1931) パリ・ソンムラールの宿 1922 油彩・キャンバス  
清水  登之 (1887-1945) ロシア・ダンス 1925 油彩・キャンバス  
安井 曾太郎 (1888-1955) 裸婦 1910頃 油彩・キャンバス  
安井 曾太郎 (1888-1955) 娘と犬 不詳 鉛筆・紙  
安井 曾太郎 (1888-1955) 裸婦 1914頃 パステル・紙  
中原 悌二郎 (1888-1921) 若きカフカス人 1919 ブロンズ  
牧野  虎雄 (1890-1946) 梧桐 1923 油彩・キャンバス  
岸田  劉生 (1891-1929) 麦二三寸 1920 油彩・キャンバス  
前田  寛治 (1896-1930) 風景 1924頃 油彩・キャンバス  
村山  槐多 (1896-1919) 信州風景(山) 1917 木炭・紙  
佐伯  祐三 (1898-1928) 自画像 1917頃 油彩・キャンバス  
佐伯  祐三 (1898-1928) 銀座風景 1926頃 クレヨン、鉛筆、コンテ・紙  

第2室:横山操の「瀟湘八景」

《瀟湘八景》は、昭和38年6月に銀座松屋で開かれた「横山操屏風絵展」に、《赤富士》《青富士》などともに出品された作品である。《赤富士》は横山操の人気シリーズで、さして長くはなかったその生涯に、1000点以上描いたといわれ、横山大観の富士に括抗している。《瀟湘八景》もまた、大観が明治45年の第6回文展に発表した作品が、史上に名高い。操が《瀟湘八景》を描くとき、このことを十分に意識していたと推察して、まず間違いあるまい。

瀟湘は中国の河の名で、広西省に源を発した湘江(湘水)が、途中で瀟江(瀟水)と合流して湖南省を北に流れ、洞庭湖に注ぐ。その下流流域一帯は、ゆるやかな幅の広い河の流れとひろびろとした湖沼、それを山や丘陵が取り巻き、美しい水景に恵まれた風光絶佳の地として知られる。瀟湘は、李白や杜甫をはじめ、古くから多くの中国詩人たちの詠題であった。画題としての《瀟湘八景》は、北宋11世紀の文人画家宋迪に始まると伝えられる。宋迪は、この湿潤の気象が時々刻々に変化する景観を、つまり当時の中国人の形容にしたがえば、「掩靄惨淡(えんあいさんたん)」の情景を、特徴的な八つの場面によって構成し、《瀟湘八景》と名づけた。すなわち「平沙落雁」「遠浦帰帆」「山市晴嵐」「江天暮雪」「洞庭秋月」「瀟湘夜雨」「煙寺晩鐘」「漁村夕照」である。

以来、数多くの画家たちが《瀟湘八景》を描き、この主題は、水墨画の一種の理想型となった。中国の文物を範型とした日本には、鎌倉時代末期に紹介されたもようで、室町時代には中国以上に珍重され、新たに日本的美意識が加わり、牧渓や玉澗の《瀟湘八景図》は、水墨画の美の極致として、象徴的な意味さえ帯びることになった。

大観の《瀟湘八景》は、このような伝統に対する挑戦だった。大観は八景の順序を並べ変えて、二景ずつ対にして日本の四季に対応させ、「遠浦帰帆」を「遠浦雲帆」、「漁村夕照」を「漁村返照」に変更した。その表現は、さらに斬新な近代的解釈による《瀟湘八景》であった。意表をついた大胆な機知的構図と明快な色彩によるその作品を、夏目漱石は「平民的に呑気な」と評して賞揚した。大観は、この伝統的主題に、いわば印象派約革新とでもいうべき変換を行ったのである。

横山操の《瀟湘八景》 も、この主題を現代に甦らせた点で、大観のそれに匹敵する。操の八景は、宋迪と同じ順序にしたがい、墨の濃淡やにじみを基調とする「溌墨」の手法で描かれているため、大観にくらべると正統的といえる。というより、彼はこの作品において、正統的な水墨画の再生を意図したといった方がよいだろう。だが、画面いっぱいに墨の濃淡が広がり、随所にたらしこみの技法を用いたこの八景図は、強い膠を用いた焦墨で油彩画のような効果をつくったり、墨の上をペインティング・ナイフでひっかいたり、どうさや膠を強くした淡墨の上に濃墨を効かせた樹木の表現など、技巧に工夫をこらし、その結果、ダイナミックなしかし沈痛な現代感覚あふれる《瀟湘八景》となっている。

操は兵士として中国を体験した。長沙作戦に参加し、5年間中国大陸を転戦し、終戦後さらに5年間シベリアに抑留され、カラガンダで石炭堀りをした。20代の10年間、絵筆の代わりに銃やつるはしを握ったのである。彼の画壇復帰の作品は、《カラガンダの印象》だったが、12年後の《瀟湘八景》という中国の風物を描いた作品にも、内面化された彼の戦争体験が反映し、この「文化的な風景」が深沈とした心象風景と化している。

横山操は、水墨画という伝統を果断に現代化することによって、世界に通用する現代絵画を創造しようとしたが、《瀟湘八景》は、そのモニュメンタルな成果のひとつである。

(酒井 哲朗)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
横山   操 (1920-1973) 瀟湘八景
 −平沙落雁
  遠浦帰帆
  山市春嵐
  江天暮雪
  洞庭秋月
  瀟湘夜雨
  烟寺晩鐘
  漁村夕照
1963 紙本墨画  

第3室:スペイン美術を中心としたヨーロッパの美術

ユーラシア大陸の西南端、イベリア半島に位置するスペインが、他のヨーロッパ諸国と一線を画す独特の文化を形成したのはその地理条件と歴史の複雑さによる。内陸はメセタとよばれる台地、それに山脈が立ちはだかり古来より河川による交通も遮断されていたため、現在でも各地域により異なった文化をもっている。それに加え、周囲は地中海、アフリカ、大西洋、ヨーロッパ文化に接していて、いずれもスペインが位置するのはこれら文化の辺境地といった具合である。歴史を辿ると、スペインという国家は15世紀後半まで存在しておらず、それまではキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が対立・併存する特異な地域であった。当時のイベリア半島はカスティリャ、アラゴン、ポルトガル、ナバラ、グラナダ王国の5カ国に分かれており、その中、イスラム教徒の統治するグラナダ王国をカトリック教徒が征服する、いわゆるレコンキスタ(国土回復運動)に伴い、1479年カスティリャとアラゴンの両国が合邦し、他の国も追随してようやくスペイン王国が成立した。16世紀に始まる対抗宗教改革運動もあわせ、カトリック教徒による排他的な統一は今日のスペイン人が保守的であるといわれる歴史的要因のひとつであろう。

16世紀から17世紀にかけて黄金世紀をむかえたスペインは絵画においても黄金の時代を迎えた。クレタ島出身のギリシア人エル・グレコはスペインで対抗宗教改革推進者の神父達をパトロンに持ち、イタリアの後期ルネサンス、マニエリスムに影響を受けながらも、独自の劇的な表現で宗教画を描いた。バロックの時代になり、若くして宮廷画家となったベラスケスは的確な描写力に裏付けられた大胆な筆遣いで空間の一瞬を見事に捉えている。宗教画と静物画を描いた修道士の画家スルバランの作品には静けさと神秘的な空気が漂う。今回展示されているスルバラン派の画家の作とされる「聖ロクス」にも、カラバッジオ流の明暗の強い対比のなかにも静けさが感じられる。甘美で親しみのもたれる宗教画や庶民を描き、スペイン民衆の心を捉えたのはムリリョで、「アレクサンドリアの聖カタリナ」にみられる人物の大袈裟な動きや豊満な肉体表現は、バロック美術の特徴である。

18世紀からのスペインはまさに戦争の連続であり、王位の継承戦争を皮切りに、国際的な覇権争いやスペイン内乱は1939年まで続く。しかも、18世紀から19世紀にかけて啓蒙主義が流入し、これまでのカトリックによる祭政一致の体制を変容させることとなった。1808年のナポレオン軍のスペイン侵入が原因のスペイン独立戦争や、<ルイ聖王の十万の兵士>と呼ばれる神聖ローマ帝国軍隊の侵入はこれらに抗したスペイン市民を悲惨な状態に陥れた。この時期に宮廷画家であったゴヤは油絵「マドリード、1808年5月2日」や、捕らえた市民がフランス兵に虐殺される場面を描いた有名な「マドリード、1808年5月3日」、それに版画集「戦争の惨禍」などで当時の状況をすぐれた洞察力と創造力をはたらかせ克明に記録している。

近現代のスペイン美術は、これまでの多民族の流入、長期間にわたった中世時代、カトリックによる祭政一致と表現の統制、度重なる戦争、政策の変更など、めくるめく歴史の諸要素が複雑に作用している。しかし、これらは決してマイナスの要素ばかりではない。短絡的かも知れないが、ガウディが彼の建築法にイスラム様式と中世ゴシック様式を取り入れたことも、現代絵画の始祖といわれるピカソが従来のアカデミーを否定し、次々と表現の方法と手段を変えていったことも、ミロやダリがシュルレアリスムを越えた独創的な表現を展開したことも、芸術家にとってスペインの特異な歴史と風土はむしろプラスの要素としてはたらいているように思われるのである。

(田中 善明)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
バルトロメ・エステバン・ムリリョ (1617-1682) アレクサンドリアの聖カタリナ 1645-50 油彩・キャンバス  
スルバラン派の画家   聖ロクス 17世紀 油彩・キャンバス 有川一三氏寄贈
フランシスコ・デ・ゴヤ (1746-1828) 版画集『戦争の惨禍』 1810-20 エッチング他・紙  
パブロ・ピカソ (1881-1973) ロマの女 1900 パステル、油彩・紙 三重県企業庁寄託
パブロ・ピカソ (1881-1973) ふたつの裸体 1909 ドライポイント・紙  
パブロ・ピカソ (1881-1973) 女の顔 不詳 陶版画 寄託品
ジョアン・ミロ (1893-1983) 女と鳥 1968 油彩・キャンバス 岡田文化財団寄贈
ジョアン・ミロ (1893-1983) アルバム13 1948 リトグラフ・紙  
ジョアン・ミロ (1893-1983) 岩壁の軌跡 1-6 1967 アクアチント、エッチング・紙  
アルフォンソ・アルバセテ (1950-   ) 幻影 1 1990 油彩・キャンバス  
ホセ・ルイス・アレクサンコ (1942-   ) ソルダイヴァー 1990 油彩・キャンバス  
ヨハン・バルトルト・ヨンキント (1819-1891) オンフルールの木の桟橋 1865 エッチング・紙  
カミーユ・ピサロ (1830-1903) 鍬で耕す農婦 1890 エッチング・紙  
エドガー・ドガ (1834-1917) 裸婦半身像 1891 コンテ、赤チョーク・紙 岡田文化財団寄贈
オーギュスト・ルノワール (1841-1919) 青い服を着た若い女 1876頃 油彩・キャンバス 岡田文化財団寄贈
ジョルジュ・ルオー (1871-1958) キリスト磔刑 1939頃 油彩・紙・キャンバス 岡田文化財団寄贈
ラウル・デュフィ (1877-1953) ヌード 不詳 油彩・キャンバス 寄託品
ジョルジュ・ブラック (1882-1963) 葉・色彩・光 1963 リトグラフ・紙  
オシップ・ザッキン (1890-1967) 雲への挨拶 1956 水彩・紙 第三銀行寄贈

ギャラリー、ロビー

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
岩中 徳次郎 (1897-1989) Work-81-26-A 1981 油彩・キャンバス  
岩中 徳次郎 (1897-1989) 集−82 1982 油彩・キャンバス 作者寄贈
宇治山 哲平 (1910-1986) オリジナル版画集 1972 シルクスクリーン、木版・紙  
駒井  哲郎 (1920-1976) 束の間の幻影 1951 エッチング、アクアチント・紙  
駒井  哲郎 (1920-1976) コミックV 1958 エッチング、カラーアクアチント・紙  
吉田  穂高 (1926-   ) もう一つの風景−杭 1989 木版、亜鉛凸版・紙  
黒滝   淳 (1936-   ) 無題(W) 1987 インク、フィルム・紙  
野田  哲也 (1940-   ) 日記:1989年8月5日 1989 木版、シルクスクリーン・紙  
タン・スイ=ヒャン (1943-   ) 聴経 1989 エッチング、アクアチント・紙  
タヴォルン・コー=ウドムヴィト (1956-   ) 儀式のシンボルNO.18 1989 木版、シルクスクリーン、金箔、ひも・紙
山口  啓介 (1962-   ) 草上の昼食 1988 銅版、木版・紙  
オシップ・ザッキン (1890-1967) ヴィーナスの誕生 1930 ブロンズ 岡三証券寄贈
森   一蔵 (1945-   ) 7×7=49 1982 磁器  
佐藤  忠良 (1912-   ) 賢島の娘 1973 ブロンズ  
向井  良吉 (1918-   ) 発掘した言葉 1958 ブロンズ 作者寄贈
向井  良吉 (1918-   ) 風の中の壁 1962 ZAS合金  
向井  良吉 (1918-   ) レクイエム 1987 白銅  
清水 九兵衞 (1922-   ) FIGURE-B 1986 アルミニウム  
飯田  善國 (1924-   ) Xのコンストラクション 1987 木・着色麻ロープ  
多田  美波 (1924-   ) 1982 テラコッタ・ステンレススティール  
保田  春彦 (1930-   ) 都市1.2・試作(1,2) 1985 鉄、赤錆  
江口   週 (1932-   ) あるはじまりのかたちU 1984 木(樟)  
江口   週 (1932-   ) 漂流と原形 1981 木(樟)  
江口   週 (1932-   ) ふたたび翔べるか−柱上の鳥 1988 木(樟)  
若林   奮 (1936-   ) 中に犬 2 1968  

屋外彫刻

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
ジャコモ・マンズー (1908-1991) ジュリアとミレトの乗った大きな一輪車 1973 ブロンズ 百五銀行寄贈
多田  美波 (1924-   ) 作品91 1991 ステンレススティール  
湯原  和夫 (1930-   ) 無題 1982 鉄・ステンレススティール 井村屋製菓寄贈
井上  武吉 (1930-   ) my sky hole 82 1982 鉄・ステンレススティール  
井上  武吉 (1930-   ) my sky hole 85-6 1985  
番浦  有爾 (1935-   ) 1990 ブロンズ  
田畑   進 (1944-   ) NOKOSARETA-KATACHI 1982 ステンレススティール・黒御影石  
八ツ木 のぶ (1946-   ) 象と人(異邦の夢) 1988 ステンレススティール、ウレタン彩色  
梶    滋 (1951-   ) 円柱とその周辺 1986 アルミニウム  
松本   薫 (1952-   ) Cycle-90° 1992 ステンレススティール  
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