表紙の作品解説
榊莫山
《天平ノ首飾 Ⅱ》
1994年
紙本淡彩 45.5×61.0㎝
伊賀に生まれ、戦後は大阪で長く暮らした榊莫山にとって、奈良の古文化は常に親しい存在であった。そのため、奈良県内の景勝地を自ら選んで描いた大和八景の連作をはじめ、著名な古仏や古寺の風景など、榊は奈良に取材した多くの作品を残している。
「天平ノ首飾」と題された作品群も、そうした奈良とその古文化に対する榊の強い関心を示すもの。作家自身はこの作品について、「浄瑠璃寺の秘仏・吉祥天への憧れからかもしれない。それは丈3尺ほどの小さな仏さまだが、女性の美しさの極というのか、理想のひとつの典型をあらわしているように思う。それほどに、果てしないロマンがひたひたと波打ち寄せてくるのだ」と記している。
榊が描く天平美人が、この仏像と直接の相似があるかどうかは問題ではない。榊は、この吉祥天を通して奈良の古文化が持つ古典的な美しさに思いを馳せているのである。浄瑠璃寺・吉祥天像は鎌倉時代の仏像だが、この絵に付された「ハコネウツギヲ古イ百済ノ壺ニイケ遠イ天平ノ首飾リヲ想フ」という詩句は、天平文化への憧憬と重なり合っている。豪放磊落な印象が強い莫山さんだが、ロマンチストの一面があったことをこの作品は示してもいる。
(学芸員 毛利伊知郎 友の会だより no.89 2012.3)