国家補償制度
井上隆邦
この春、美術品の国家補償制度を巡る法案が国会を通過した。日本でもようやく実現したこの制度は、芸術振興にとって重要な一歩だが、一般にはあまり知られていない。
この十数年来、日本の美術関係者が待ち望んでいた美術品の国家補償制度とは、海外の名品を日本で紹介する機会を増やすための仕掛けである。亡くなった中川昭一元財務大臣の時代に前向きな検討が始まり、数年掛かりで法案が成立した。
展覧会を開催する場合、様々な経費がかかるが、無視し得ないのが美術品に掛ける保険の掛け金だ。海外から印象派などの名画を借用し、大規模な展覧会を開催しようとすれば、保険の掛け金だけでも数千万円は下らない。掛け金がネックとなって素晴らしい企画が実現しないこともあり得る。
国家補償制度はこうした事態を回避するための仕掛けで、美術品の毀損など万一の事故際に、国が面倒をみる仕組みだ。この制度で担保された展覧会であれば、保険を掛ける必要がなくなり、掛け金の分だけ開催経費が減る。展覧会の主催者にとっては有り難い制度だ。
美術品の国家補償制度を世界で最初に導入したのはスウェーデンで、今から三十七年も前のことだ。今では米国、EU諸国、カナダなど二十前後の国々がこの制度を導入し、活用している。
美術のみならず芸術全般について云えることだが、その振興のためには基盤の整備が重要であることは言うまでもない。美術品の国家補償制度などはその好例であろう。こうした制度が整ってこそ、文化や芸術は花開く。
(朝日新聞・三重版 2011年10月22日掲載)