専門性・わかりやすさ両立を
井上隆邦
毎年春には、各地で刊行された展覧会の図録を他の選考委員と共に審査し、「優秀論文賞」を決める作業が待ち受けている。数多くの図録を読まざるを得ず、骨の折れる作業だ。
「優秀論文賞」は美術館連絡協議会が設けている顕彰制度で、対象となる図録は多岐に亘る。日本画、油彩、彫刻のみならず、デザイン、建築、写真、現代美術と云った分野にまで及ぶ。扱う時代も15―16世紀位から現代までと実に幅広い。選考委員には様々な分野の専門家が就任しているが、すべてに精通している訳でもなく、選考に際して誰しも頭を悩ます。
選考基準の一つは独創性だ。前例が少なく、美術界に刺激を与えるような論文が歓迎される。昨年は図録「ステッチ・バイ・ステッチ 針と糸で描くわたし」「イタリアの印象派 マッキアイオーリ」「伊藤公象1974―2009」が受賞した。
審査で票の集まる図録には共通点が多い。地道な調査研究が反映されていることは当然として、それだけでは十分とは云えない。図録は学術論文を発表する大学の紀要とは違う。一般の美術ファンが手にすることも多いので、この点への配慮が求められる。学術的な裏付けと一定の大衆性―その程よい兼ね合いが受賞の決め手となることも少なくない。
かつて作家の井上ひさしは、小説を書くときの作法として面白いことをいった。「難しいことを判りやすく、判りやすいことを深く、深いことを面白く」と。無論、小説と図録ではその性格が違う。しかし、「井上語録」は図録執筆に際しても役立つ考え方でないだろうか。
(朝日新聞・三重版 2011年4月16日掲載)