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美術館 > 展覧会のご案内 > 常設展(美術館のコレクション) > 1993 > 常設展示1993年度第2期(1993.6-9)

常設展示1993年度【第2期展示】 1993年6月29日(火)~9月26日(日)

第1室 昭和後期の美術

杉全直の『コンポジションA」では、いっさいをのみこもうとする渾沌と、それをくいとめんとする秩序が抗争している。渾沌とは、形のない青のひろがりで、砂粒などが混ぜられた絵具は、単なる色彩という以上に物質的な密度をもってうごめく。秩序は、縁に腕をのばしてふんばっているかのような、肋骨風の骨組み。画面の枠という、あらかじめ与えられた形式と関わっている点を考えれば、これを観念といいかえることができる。両者の抗争は短い直線状の波紋そして六角形のパターンを結実させ、同時に、青の微妙な変化、黒、黄のわずかな点が、光の脈動を暗示するだろう。

秩序と渾沌、観念と物質の相克とは、あらかじめ定められたイメージに向け材料を計画的に繰作して作品をしあげるという、予定調和的な制作の過程がもはや崩壊していることを意味する。観念の手綱をふりきって物質が自己主張しているのだ。もとより、かつて物質がいかなる発言権ももたなかったというのではない。いたずらに近代的な見方にひきよせるべきではないにせよ、ミケランジェロの一連の未完成作がしめすように、たとえば石なり木のもともと宿していたイメージを引きだしてはじめて作品が成立するという発想は、決して珍しいものではあるまい。

しかしこの間題が意識化され、しかも観念と物質の分裂の相においてあらわになったのは、二○世紀、なかんづく第二次世界大戦以後だろう。こうした点を論じたものとして、宮川淳の「アンフオルメル以後」がある(『美術手帖」no.220、1963.5)。宮川の論文を、鶴岡政男の「『事』は『物』でもって表現されなければならない」という発言(『美術批評』no.26、1954.2、P.17)と、1968年以降のいわゆる<もの派>をめぐる展開ではさんでみるなら、日本の戦後美術の、少なくともひとつの局面をたどることができるかもしれない。

鶴岡の『黒い行列jや池田龍雄の作品などは、戦後のルポルタージュ絵画や密室の絵画といった、シュルレアリスムや表現主義の語彙を用いて社会性の強い主題を表わそうとした傾向に属するものだが、そこに登場するイメージを、物質の強い圧力に歪曲され、押しつぶされようとする人間像と見なすことができる。物質性の解放は、独立した存在の崩壊、廃墟化に導く。向井良吉の『発掘した言葉』や辻晉堂の『ポケット地平線』にそうした相がうかがわれる。杉全や元永定正、白髪一雄ら、いわゆるアンフォルメルの動向と交わった作品では、物質は文字どおり主役だ。形態やイメージはもはや、物質以前に存在することはない。宇治山哲平の『伊勢』のように幾何学的抽象と分類できる作品すら、工芸的ともいえる、きわめて厚いマティエールをしめしている。地塗りを鋭い針状の線でけずることによって、地の柔らかい反応をひきだす浅野弥衛の作品にも、同様の特徴が認められる。

ただし、いわゆるもの派が、ものの無媒介的な現前以上に、ものともの、ものと場との関係を主題としていたように、物質が主役になるとすれば、それは、本来対をなすべき観念との調和が壊れてしまったからだ。観念の追放自体、裏返しの観念性以外ではない。宮川の論文はすでに、この点も指摘していた:アンフォルメルは「単なる表現の次元をこえて、なによりも表現論の次元における断絶でありえたのであり、あるべきであったのではないだろうか」(上掲書、P.94)。表現論の次元での転換とは、表現がもはや、自明なものとして自発的に生成しえず、おのれのあり方を観念的に対象化せざるをえない状況に根ざしている。そして表現は、物質と観念の裂け目において成立するだろう。

(石崎勝基)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
難波田 龍起 (1905-   ) 創生A 1961(昭和36) 油彩・キャンヴァス  
鶴岡 政男 (1907-1979) 黒い行列 1952(昭和27) 油彩・キャン・買@ス  
宇治山 哲平 (1910-1986) 伊勢 1976(昭和51) 油彩・キャンヴァス  
辻  晉堂 (1910-1981) ポケット地平線 1965(昭和40)  
香月 泰男 (1911-1974) 芒原 1968(昭和36) 油彩・キャンヴァス  
桂  ゆき (1913-1991) 作品 1958(昭和43) 油彩・キャンヴァス  
麻生 三郎 (1913-   ) 母子のいる風景 1954(昭和33) 油彩・キャンヴァス  
杉全  直 (1914-   ) コンポジションA 1961(昭和29) 油彩・キャンヴァス  
浅野 弥衛 (1914-   ) 作品 1960(昭和36) 油彩・キャンヴァス  
浅野 弥衛 (1914-   ) 作品 1975(昭和35) 油彩・キャンヴァス  
浅野 弥衛 (1914-   ) 作品(2点組) 1979(昭和50) 油彩・キャンヴァス  
浜田 知明 (1917-   ) 1951(昭和54) エッチング、アクアチント・紙  
浜田 知明 (1917-   ) 1952(昭和26) エッチング、アクアチント・紙  
向井 良吉 (1918-   ) 発掘した言葉 1958(昭和27) ブロンズ 作者寄贈
菅井  汲 (1919-   ) 無題 1959(昭和33) 水彩、墨・紙  
元永 定正 (1922-   ) 赤と黄色と 1966(昭和34) 混合技法・板、キャンヴァス  
小野木 学 (1924-1976) 風景 1975(昭和41) 油彩・キャンヴァス  
白髪 一雄 (1924-   ) 黄龍 1965(昭和50) 油彩・キャンヴァス  
池田 龍雄 (1928-   ) 1953(昭和40) 水彩・インク・紙  
池田 龍雄 (1928-   ) 「夜の女王」禽獣記 1957(昭和30) 水彩・インク・コンテ・紙  
池田 龍雄 (1928-   ) 「メソプロトロン」禽獣記 1958(昭和32) インク・コンテ・紙  
若林  奮 (1936-   ) 中に犬 2 1968(昭和33)  
三木 富雄 (1937-1978) c.1965(昭和40) ブロンズ  
宇佐美 圭司 (1940-   ) 銀河鉄道 1964(昭和39) 油彩・キャンヴァス  
小清水 漸 (1944-   ) 作業台 水鏡 1981(昭和56) シナ合板、ウレタン塗装  

第2室 京都の日本画、川喜田半泥子の陶芸

「夜の一力」は、1919(大正8)年の第1回帝展に出品され、初入選した宇田荻邨の大正期の代表作である。名高い京都祇園の一力茶屋をやや斜め正面から大きく捉えた、奇妙といえば奇妙な作品である。本画では左下隅に隠れるように女芸人の姿が描き加えられているが、当館所蔵の大下絵と構図上の大きな相違はなく、もっぱら一力の建物のみを描いているといっていい。色調の点ではもちろん大下絵と本画には落差があるが、それ以上に両者の印象を隔てているのは光の描写の有無である。本画では、内部からの光と外から一力を包む光によって、建物は、下絵にはない奇妙な生き物のような表情を帯びている。

この時期、荻邨が夜の光、あるいは黄昏から夜にかけての情景の表現に関心を向けていたことは、同年の「祇園新橋」やこれに続く「太夫」、「港」、「南座」などが示すとおりである。「夜の一力」、「太夫」については下絵のみしか当館には収蔵されていないが、黄昏時の祇園を描いた「祇園新橋」から、その光がどういう性質のものか窺われるであろう。大正時代の荻邨は、同時代の他の京都の画家と同じく、ヨーロッパ美術に影響を受けた新しい芸術運動に刺激を受けており、そのなかでこれら一連の夜の主題は描かれていることになる。とはいえ、描かれた光そのものは日本的といわなければならない。それは、近代社会が闇を追放したことによってほとんど失われたが、我々の記憶のどこかに残っている光であり、谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』のなかで、羊羹の色にたとえた日本の空間の性質を想起させる。このきわめて日本的な光が、大正期の荻邨においては、ヨーロッパ美術の影響下にある世紀末的な退廃の雰囲気と結び付いているのである。

昭和に入ると、荻邨描く世界は様相を一変し、「溪間」「高雄の女」「淀の水車」など、色調は明るく、装飾的と評される時期に入るが、1944(昭和19年の「御塩殿」あたりからさらに新たな展開を見せ、「祇園の雨」をはじめとする荻邨独自の様式が完成する。これら最後の段階の作品の多くは、京都を中心にいわゆる名所を主選とし、そこに季節の情趣を盛り込んで、こわれやすい細工物のように繊細に仕上げられている。荻邨が「京洛の画家」と呼ばれるゆえんである。もともと日本には名所絵の伝統があり、特定の場所と一体化した形で、自然の情趣や人事が描かれてきた。この名所絵の背後にあるのは、和歌の世界における歌枕という装置であろう。最も京都らしい場所を、最もその場所らしい姿で描き出そうとする荻邨の作品群はこうした伝統を思い起こさせる。作品制作にあたって、彼の脳裏には、主題にまつわる故事や文学、先例となる作品などが浮かんでいるにちがいない。しかしその上で、荻邨は必ず写生から出発し、時間をかけて丁寧に一から作品を組み上げている。典型でありながら、類型的でないものを、荻邨が模索しているためであろう。

たとえば「祇園の雨」は、視線の焦点となる傘をさす女性の存在によって、誰にもわかりやすい絵画となっているが、「野之宮」や「清水寺」の全く人気のない静かな佇まいは、月並みな感情移入を拒むような、深く、凛としたものを含んでいる。名所絵や和歌においてと同様、描かれているのは、人間の精神が人工的につくり上げた自然の姿である。したがって、写生に基づく生身の風景でありながら、半ば観念の世界に属している。生涯の大半を京都で過ごしたとはいえ、三重県松阪出身の荻邨は、彼自身の言を借りれば「山も川も目鼻立ち正しく整ってゐる」京都の風景に、ときになじめないものを感じることもあった。しかし結局、そのきれいで「深い」風景の核心をどこまでも忠実に写し取ることにすすんで身を投じることによって、荻邨は近代に背を向けたのである。

(土田真紀)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
菊池 芳文 (1862-1918) 稚竹図 不詳 絹本著色 寺岡富士氏寄贈
竹内 栖鳳 (1864-1942) 雨霽図 不詳 絹本著色 寺岡富士氏寄贈
谷口 香喬 (1864-1915) 水鶏之図 不詳 絹本著色 寺岡富士氏寄贈
山元 春挙 (1871-1933) 山村暮雪 不詳 絹本墨画淡彩 寺岡富士氏寄贈
木島 櫻谷 (1877-1938) 暮雨 不詳 紙本墨画 寺岡富士氏寄贈
伊藤 小坡 (1877-1968) ふたば 1918(大正7) 絹本著色  
富田 溪仙 (1879-1936) 梨郷晩春 不詳 絹本淡彩 小西仁吉氏寄贈
入江 波光 (1887-1948) 五月の海 1935(昭和10) 紙本淡彩  
堂本 印象 (1891-1975) 薫風晴(そう) 不詳 絹本著色 寺岡富士氏寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) スケッチブック   鉛筆、淡彩・紙 岡田文化財団寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 祇園新橋 1919(大正8) 絹本著色 川合東皐氏寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 夜の一力(下絵) 1919(大正8) 紙本墨画淡彩 岡田文化財団寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 太夫(下絵) 1920(大正9) 紙本墨画淡彩 岡田文化財団寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 木陰 1922(大正11) 絹本著色  
宇田 荻邨 (1896-1980) 木陰(下絵) 1922(大正11) 紙本墨画淡彩 岡田文化財団寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 溪間(下絵) 1927(昭和2) 紙本墨画淡彩 岡田文化財団寄贈
宇田 荻邨 (1896-1980) 祇園の雨 1953(昭和28) 絹本著色 岡田文化財団寄贈
川喜田 半泥子 (1878-1963) 刷毛目茶碗 銘・土用波 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 志野茶碗 銘・あつ氷 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 志野茶碗 銘・おらが秋 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 伊賀水指 銘・慾袋 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 粉引茶碗 銘・雪の曙 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 白掛茶碗 銘・たつた川 不詳 陶磁器 預かり品
川喜田 半泥子 (1878-1963) 刷毛目茶碗 銘・一声 不詳 陶磁器 預かり品

第3室 欧米の美術―レアリスムとイデアリスム

オディロン・ルドンの日記につぎのような言葉がある。「わたしは自らに従ってひとつの芸術をつくりました。不思議な視覚的世界にじっと眼をこらして-ひとがどう言おうと一自然や生命の諸法則にたゆまぬ関心をよせながら制作したのです」。油彩《アレゴリー》にはルドンの想像した誕生、出現の場面が描かれているが、象徴主義の詩人と交際をもった画家は、現実(レアリテ)を寓意の名のもとに表現した。この自然科学とも無関係ではないイデアリスム(理想主義)は、19世紀末にさかんに主張されたが、近代と呼ばれる、目まぐるしく社会が変動した時代、19世紀の美術はまずレアリスム(現実主義)から出発している。

レアリスムの筆頭にあげられる画家にオノレ・ドーミエがいる。ドーミエが作品をよせた、絵入り諷刺新聞『ラ・カリカテュール』が創刊された1830年は、フランス史の7月革命の年にあたる。7月王政と呼ばれた市民社会は、都市への人口集中と産業の工業化にともなう多くの社会問題をかかえたが、それらをテーマにして、ドーミエは現実の人々の表情を観察した。観相術的ともいえる精確さをもって描かれた作品群は、石版画(リトグラフィー)の技術を媒介にして大量にでまわり、絵画は複製芸術の時代にはいる。この時から、いわゆる民衆版画に代表される庶民芸術と、宮廷や寺院の壁画などの高級芸術(ハイ・アート)の境界線が曖昧になった。《古代史》は詩人ボードレールが、「偽りの古典への挑戦」と高く評価した作品。さらに第3共和制が誕生した1870年代には、グラビア印刷の普及によって、写真が複製芸術にいっそうの力を与えるのである。しかし皮肉なことに、一部の前衛的な芸術家たちはこの頃からレアリスムに背をむけはじめる。

印象派はその旗揚げである第1回展覧会を1874年に開催した。アカデミスム(伝統主義)やサロン(官展)に対抗した彼らは、ハイ・アートを否定した最初の世代に属しているが、現実の印象を描いたに過ぎないという過小評価によって、社会から乖離した芸術家の第1世代ともなった。印象派は神話や宗教画の主題をあつかわず、日常的な光景を、アカデミックなレアリストからは未完成とみなされたオイル・スケッチで制作した。自然のなかで、陽光のもとに移ろう色彩を探求した印象派の代表クロード・モネは《ラ・ロシュブロンドの村》を描いた頃から、時間と色彩との関係を連作で表現し始める。

モネの連作は1890年代に制作されたが、この頃評論『絵画における象徴主義」(1891年)を発表したのは批評家オーリエである。「芸術作品はイデアの表現であり、フォルムによってイデアを再現するためには、作品は綜合的であり装飾的でなくてはならない」という彼の主張は、具体的なかたちで世紀末美術に見ることができる。ただこうしたイデアリスムは19世紀だけのものではなく、その萌芽は近代の前段階ともいえる18世紀美術に始まっている。英国の詩人ウイリアム・ブレイクは画家としても活躍。《ヨブ記》は晩年の作ながら、ブレイク自身の旧約聖書への理想的解釈であり、またスペインの宮廷画家でもあったフランシスコ・ゴヤは《戦争の惨禍》のなかで、苛酷な現実を幻想的に表わすことに成功している。ゴヤにはまた人間の妄想をテーマにした版画もある。象徴的な幻想性はむしろスペイン美術の特徴でもあり、17世紀の宗教画家エステバン・ムリリョの《アレクサンドリアの聖カタリナ》には、宗教絵画をこえた劇的な情景描写のなかに、巧みに殉教者カタリナの悲劇を物語る道具だてが施されている。現代美術のなかでもアルフォンソ・アルバセテの《幻影1》には、グレーと白のストライプのなかに果実らしき静物がかくされ、レアリスムとイデアリスムが混在した特異な空間表現を獲得している。

自然観察を、自己の内面に沈潜した表現と結びつけたルドン、社会の実相を活写したドーミエ、現実への忠実さを、経験と感性から描いたモネ。西洋美術のエレメント(要素)のなかで、イデアとレアリテはある時は対立して、またある時は結束して美術作品を形づくっている。

(荒屋鋪透)

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
バルトロメ・エステバン・ムリリョ (1617-1982) アレクサンドリアの聖カタリナ 1645-50 油彩・キャンヴァス  
スルバラン派の画家   聖ロクス 17世紀 油彩・キャンヴァス 有川一三氏寄贈
フランシスコ・デ・ゴヤ (1746-1828) 戦争の惨禍 c.1810-20 エッチング他・紙  
ウイリアム・ブレイク (1757-1827) ヨブ記 1825 エッチング・紙  
オノレ・ドーミエ (1808-1879) 古代史 1841-43 リトグラフ・紙  
クロード・モネ (1840-1926) ラ・ロシュブロンドの村 1889 油彩・キャンヴァス 岡田文化財団寄贈
オディロン・ルドン (1840-1916) ヨハネ黙示録 1899 リトグラフ・紙  
オディロン・ルドン (1840-1916) アレゴリー 1905 油彩・キャンヴァス  
オーギュスト・ルノワール (1844-1919) 青い服を着た若い女 c.1876 油彩・キャンヴァス 岡田文化財団寄贈
アリスティード・マイヨール (1861-1944) 『ダフニスとクロエ』挿絵 1937 木版・紙  
エドヴァルト・ムンク (1863-1944) マイヤー・グレーフェ・ポートフォリオ 1895 エッチング・ドライポイント他・紙  
ジョルジュ・ルオー (1871-1958) キリスト磔刑 不詳 油彩・紙、キャンヴァス 岡田文化財団寄贈
ラウル・デュフィー (1877-1953) 黒い貨物船と虹 c.1949 油彩・キャンヴァス 岡田文化財団寄贈
藤田  嗣治 (1886-1968) 猫のいる自画像 c.1927 油彩・キャンヴァス 東畑建築事務所寄贈
ジョアン・ミロ (1893-1985) 女と鳥 1968 油彩・キャンヴァス 岡田文化財団寄贈
ベン・ニコルソン (1894-1982) 静物 1955 オイルウォッシュ、鉛筆・紙  
M.C.エッシャー (1898-1972) メタモルフォーシスⅡ 1939-40 木版・紙  
M.C.エッシャー (1898-1972) 秩序とカオス 1950 リトグラフ・紙  
M.C.エッシャー (1898-1972) 物見の塔 1958 リトグラフ・紙  
アルベルト・ジャコメッティ (1901-1966) 正面向きの裸婦 1955 エッチング・紙  
アルベルト・ジャコメッティ (1901-1966) 2枚の肖像画のある花束 1955 エッチング・紙  
アルベルト・ジャコメッティ (1901-1966) 立てる裸婦 1955 エッチング・紙  
イサム・ノグチ (1904-1988) スレート 1945  
リン・チャドウィック (1914-   ) 三角 Ⅲ 1961 ブロンズ  
ロイ・リクテンスタイン (1923-   ) 娘についての省察 1990 リトグラフ、シルクスクリーン、木版・紙  
ブルース・ノーマン (1941-   ) 人間的な交わり、人間的な排出 1981 リトグラフ・紙  
ホセ・ルイス・アレクサンコ (1942-   ) ソルダイヴァー 1990 油彩他・キャンヴァス  
ロバート・カミング (1943-   ) 測定メディア 1985 水彩・紙  
アルフォンソ・アルバセテ (1950-   ) 幻影 1 1990 油彩・キャンヴァス  

ギャラリー、ロビー

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
オシップ・ザッキン (1890-1967) ヴィーナスの誕生 1930 ブロンズ 岡三証券寄贈
中谷  泰 (1909-1993) 横向きの肖像 1939(昭和14) 油彩・キャンヴァス 作者寄贈
中谷  泰 (1909-1993) 農民の顔 1954(昭和29) 油彩・キャンヴァス  
佐藤 忠良 (1912-   ) 賢島の娘 1973(昭和48) ブロンズ  
舟越 保武 (1912-   ) OHNO 1982(昭和57) ブロンズ  
向井 良吉 (1918-   ) パッキングのオベリスク 1989(平成1) アルミニウム  
清水 九兵衛 (1922-   ) 作品 A 1968(昭和43) 真鍮  
清水 九兵衛 (1922-   ) FIGURE-B 1986(昭和61) アルミニウム  
飯田 義國 (1923-   ) SONZAI 1967(昭和42) 真鍮  
飯田 義國 (1923-   ) Xのコントラクション 1987(昭和62) 木・着色麻ロープ  
福井 良之助 (1923-1986) スイトピーなど 1959(昭和34) 孔版・紙  
福井 良之助 (1923-1986) ひまわりとあじさいと魚 1961(昭和36) 孔版・紙  
福井 良之助 (1923-1986) かたつむりと葉 1963(昭和38) 孔版・紙  
多田 美波 (1924-   ) 1982(昭和57) テラコッタ、ステンレススティール  
湯原 和夫 (1930-   ) 開かれた形 1975(昭和50) 真鍮、鏡面研磨、塗装  
湯原 和夫 (1930-   ) 意味の自由区No.2-88 1988(昭和63) コールテン鋼、鉄、亜鉛メッキ  
保田 春彦 (1930-   ) 都市1、2試作(1、2) 1985(昭和60) 鉄・赤錆  
新妻  實 (1930-   ) 眼の城 1988(昭和63) 黒御影石  
江口  週 (1932-   ) 漂流と原形 1981(昭和56)  
江口  週 (1932-   ) ふたたび飛べるか?柱上の鳥 1988(昭和63)  
中西 夏之 (1935-   ) 白いクサビー日射の中で 1987(昭和62) 銅版・紙  
若林  奮 (1936-   ) ノート鮭の尾鰭 1978(昭和53) エッチング・ドライポイント・紙  

屋外彫刻

作家名 生没年 作品名 制作年 材質 備考
ジャコモ・マンズー (1908-1991) ジュリアとミレトの乗った大きな一輪車 1973 ブロンズ 百五銀行寄贈
多田 美波 (1924-   ) 作品 91 1991(平成3) ステンレススティール  
 
湯原 和夫 (1930-   ) 無題 1982(昭和57) 鉄、ステンレススティール  
井上 武吉 (1930-   ) my sky hole 82 1982(昭和57) 鉄、ステンレススティール  
井上 武吉 (1930-   ) my sky hole 85-6 1985(昭和55)  
番浦 有爾 (1935-   ) 1990(平成2) ブロンズ  
田畑  進 (1944-   ) NOKOSARETA―KATACHI 1982(昭和57) ステンレススティール、黒御影石  
八ツ木 のぶ (1946-   ) 象と人(異邦の夢) 1988(昭和63) FRP、ステンレススティール、ウレタン彩色  
梶   滋 (1951-   ) 円柱とその周辺 1986(昭和61) アルミニウム  
松本  薫 (1952-   ) Cycle - 90° 1992(平成4) ステンレススティール  
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