ごあいさつ
三重県立美術館では「見て」「感じて」「表現する」ことの楽しさを子どもたちに味わってもらうための美術鑑賞活動を行っています。
〈子どもアートinみえ〉の企画の一つとして、学校と連携した今までにない新たな体験型ワークショップ(アーティストと子どもたちによる協働作業―ハロー!アーティスト)を構想していく中で、子どもたちによる写真表現の可能性に着目しました。そこでアーティストとして目黒区美術館などでワークショップをされた三重県出身の写真家/中里和人さんにお引き受けいただくこととなりました。
中里さんは東京造形大学で興味深い写真の講義をされている一方、各地で写真を使ったワークショップやインスタレーションを数多くされています。中里さんの作風は写真集『小屋の肖像』や『ULTRA』などに見られるように、特別の物や特別な様子ではない日常の何気ない風景の中に魅力を見つけ出し、その時その瞬間の気持ちを写真で表現されています。カメラを使った写真の撮り方だけではなく、写真を撮るなかで、独自の視点でものを見たり、発見することの楽しさを子どもたちに気づかせてくださるに違いないと思い「写真のワークショップ」からその成果を発表する「子どもたちの写真展」に至るまでの企画/構成をお願いしました。
4校での活動の様子では予想を遙かに超えた子どもたちの熱心な姿勢に驚かされたのみならず、子どもたちが表現した写真には目を見張るものがありました。子どもたちの視点で発見された三重の景色をお楽しみください。
最後になりましたが、本展の開催に惜しみないご尽力を賜りました中里和人氏をはじめ、ご協力いただきました教育関係各位に篤く御礼申し上げます。また、本展にご協力いただきました、遠藤清氏、水田典寿氏、松原豊氏、オリンパスイメージング株式会社、富士ゼロックス三重株式会社、有限会社岸本工芸社及び関係各位に心より感謝申し上げます。
三重県立美術館
2009年12月
「写真で見つけた私のまち」企画概要
企画/構成 中里和人
三重県立美術館からこどもワークショップの依頼を受け、写真家であることをベースにした写真ワークショップを考えてみました。それは、こどもたちと学区内の身近なまちに行き、ふだん知っているまちを、写真を撮りながらつかみ直してみることでした。知っていたはずのまちの風景も、よく見ようとすると実は知らないことだらけで、いくつもの新しい発見に出会えます。
まちに触れて、まちの風景をつかむことは、よく知っている自分の顔を鏡で見ているうちに、今まで見たことのないもう一人の自分を発見してしまうことや、あたりまえのようにある空気や水を、自分の目や体でつかみ直すことに近いと思います。
そして、風景をつかむとは、目の前に現れた場面に目や心がハッとしたり、なんだか気になったり、おかしかったり、恐かったり、ほっとしたりすることを写真にしてみることです。そこでカメラのシャッターを切ると、今まで何でもないと見過ごしていた風景が、自分にとって大事な、忘れられないものへと変わります。
その時〈風景〉が、わたしにとって大切な〈景色〉に生まれ変わっていくのです。風景の宝物である〈景色〉は、実は手を伸ばせばつかめるところに、石ころのようにゴロゴロころがっているものなのです。
それは普段しゃべっている言葉とは違う、目の言葉、体が感じた写真ならではの言葉使いで発見できることで、身近な風景に潜んでいた〈普通の凄み〉を再発見する喜びでもあります。
どこにでもある自分の学区内の風景の中から、写真の目、わたしの目を通してたくさんのキラキラ光る風景の宝物を発掘してもらうのが、今回の写真ワークショップのねらいです。
ワークショップの現場で、こどもたちと一緒にまちを歩いていた時、「ここは自分の住んどるまちやから、よう知っとると思っとったけど、知らんとこがいっぱいあったわ。写真て奥深いなぁ…。」と一人の女の子がつぶやきました。その瞬間、今まで眠っていた写真の目が、この子の中に目覚めたのだと思いました。ささやくような小声でしたが、今回のワークショップで深く印象に残っています。
撮影の後でこどもたちが撮った写真を見て、その手応えが実感に変わりました。カメラの中には、花、家、坂、猫、電車、田畑など、いろんな風景があったのですが、どれもきちんと写され、強い写真的な眼差しのこめられた光景がたくさん詰まっていました。
なかでも小学校低学年のこどもたちが、ちゃんと写真を撮れるだろうかと心配していたのですが、その心配は見事に裏切られ面白い写真を撮ってくれていました。カメラというメカを想像すると何やらやっかいな気がするのですが、カメラを持つ前から人は膨大な風景に接し、まぶたのシャッターを切り続けているのだと思えば、カメラを手にした時に年齢はさほど気にならないものだと感じました。
企画展示室には、こどもたちの発見したまちの写真がならんでいます。4つの学校の4つのまち。ちいさな眼差しが積み重なった三重の景色を、ゆっくりと楽しんで見てください。
中里和人(なかざとかつひと)
「写真で見つけた私のまち」
ワークショップ/インスタレーション展示構成概要
企画/構成 中里和人
三重県内の学校に参加してもらうにあたり、山から海まで、三重県が持つ豊かな土地の表情を、写真でビジュアル化したいという意図がありました。
結果的にみると、山村である津市立長野小学校、里山である鈴鹿市立天名小学校、市街地である三重大学附属小学校、漁村である鳥羽市立鏡浦中学校と、全て異なるロケーションの学校、風景で構成することができました。このことは〈三重県の持つ風景力〉を、たくさんの人たちに見てもらえるいい機会だと思っています。
撮影はコンパクトデジカメを使い、自分たちが普段住んでいる学区にしました。参加者全員が自分の眼差しを駆使し、カメラで自由にまちを発見していくという経験は初めてのことで、生まれて初めてダイレクトに写真と向き合ったといえます。カメラを手に目と全身の感覚をフル稼働させ、写真で考え、写真で発見し、写真で記録しました。総撮影枚数は17000カットに及びました。
撮影対象地域が日常的に見慣れたた学区内だったこともあり、新たな視線からまちを眺めてもらうための工夫もしました。台車に腹這いに乗って、地上すれすれでネコのような低い目線、一脚の先にカメラを固定して4~5mの高さから、トリが枝に止まったような高い目線、そして、いつも風景を見ている、わたしの目線を大事にしながらの撮影となりました。
撮影後に、撮られた写真の中から各自のおすすめ写真を選び出し、その理由を書き出してもらいました。また、みんなが撮った写真について、写真撮影のポイントやまちの見方、感じ方についての講評をしました。
それら膨大な数の写真をセレクトし、3つの展示室で異なった展示構成をしました。本来ワークショップとは、同じテーマのなかで時間と空間を共有し、体験した人たちが得る感覚や視線の総体です。本番のワークショップに続くワークショップ展では、ワークショップに参加していない人には取っつきにくく、記録的発表にとどまってしまいがちです。
そこで新しい試みとして、実際にワークショップに参加されてない方々にも、企画展示室を回ってもらうことにより、さまざまなまちや空間を感じ、新たなまちや風景との出会いを獲得してもらえるよう工夫をしてみました。
以下、部屋ごとの展示コンセプトを示しておきます。
中里和人(なかざとかつひと)
【企画1室】
ワークショップ/写真ドキュメント&インスタレーション
〈こどもたちが見つけたまち、4つの小屋まち〉
こどもたちの撮った写真から、学校ごとに100枚ほどをセレクトした大小さまざまな写真が壁面にコラージュされています。室内には4つの小屋を中心に小さな町がつくられ、小屋の中にはこどもたちが選んだ写真とその理由が貼られています。企画1室は、小屋の中に集められたこどもたちの声と、まちで記録された写真とのインスタレーション空間です。
小屋のまち制作/遠藤清(建築デザイナー、イラストレーター)
【企画2室】
ワークショップ/写真作品展〈4つの三重景〉
クリエイティブな視線でセレクト、構成された、厳選80枚(1校につき20枚×4校)の写真作品群。こどもたちの軟らかい眼差しの中から、作品として選びぬかれた新たな三重の景色です。
プリント制作/松原豊(写真家)
【企画3室】
ワークショップ/映像ドキュメント〈小屋路地、ワークショップ映像〉
ワークショップを記録したビデオ上映と、まちのスライドショーを鑑賞してもらいます。参加した4つの学校やまちの風景、ワークショップの臨場感を追体験してもらえるインスタレーション空間となっています。室内にあるカメラ小屋(※カメラオブスクラ)では、カメラの原理である暗箱部屋のスクリーンに、逆さになった小屋のまちがぼんやりと浮かびます。
小屋のまち制作/水田典寿(造形作家)
※ カメラオブスクラ Camera ラテン語で「部屋」 Obscura ラテン語で「暗い」