ミニ用語解説:指頭画
中国や日本では、筆を使う代わりに指を用いて措く、という行為が行われた。そのようにして出来上がった絵のことを指頭画、あるいは指画、指墨などと呼んでいる。指頭画には通常、絵の具として水墨が用いられる。
指で描くという行為は、砂の上に指でお絵かきをする、といった子供時分の砂場での経験を追想しがちだが、あらためてしげしげと指先をみると、指には腹があれば、指先もあり爪もある。このような指の部位を織りのぜると、細く硬い線から太く柔らかい線まで実に多彩な線が表現できる。指頭画とはいいながら、場合によっては手掌や肘まで使うこともあったというから、それは、砂場に描かれた単調な太線を越えて、はるかに豊かな表現を可能としていたといえる。
記録によると、手掌に墨をつけて絵を描いた例は唐の時代の画家張@(ちょうそう)にみられるが、その作品は残っておらず、どのようなものであったかはわからない。17世紀、清の前期になると、高其佩(こうきはい)という画家が登場する。彼自身のいうところによると、みずからの画風形成に悩んでいたところ、夢の中でこの新しい技法を感得したという。それが事実かどうかはともかくとして、彼によって創始された指頭画は、江戸時代の日本に伝えられ、日本の指頭画の祖といわれる柳沢淇園(やなぎざわきえん)から池大雅(いけのたいが)に受け継がれ、大成する。
筆を擱いて指先や爪に墨を含ませて描くこの中国生まれの墨技は、作品としての芸術的価値が問われるのと同等かそれ以上に、無地の紙(あるいは絹)の面が人間のアクションによって次第次第に形象化されていく制作過程を作者とともに観者が楽しむ、即興的で、見世物としての性格が強い。パフォーマンス・アートになじんだ現代の眼には、過去の遺産というよりは、むしろ身近なものとして映るのではないだろうか。
(山口泰弘・学芸員)
友の会だよりno.41, 1996.3.25