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美術館 > 刊行物 > 友の会だより > 1990 > ミニ用語解説:見立絵 山口泰弘 友の会だよりno.23, 1990.3.24

ミニ用語解説:見立絵(みたてえ)

江戸時代の代表的な浮世絵師鈴木春信に、長屋の路地のひとすみでうら若い下町娘が盥を前に洗濯に勤しみ、頭上の物干し竿には白い衣が翻る、という図柄の版画がある。一見、当時なら町のそこかしこで見られた日常的な風景を描いているようにみえるが、実はそうではない。

一見当世風の人物や背景で表現された絵でありながら、その裏に古典文学や故事伝説などから得た主題を隠す、機知的な作法の絵画がある。このようなジャンルを見立絵と総称しているが、とくに江戸時代、浮世絵師が得意とした作法であった。画家は翻訳の機知を競い、鑑賞者は古典的知識を総動員して絵解を楽しむ趣向である。しかしこうした趣向が成立するためには当然のように、知識の共有が前提条件となった。つまり、江戸の市民文化の成熟が基底になければ成立し得ない芸術の形態だったのである。

浮世絵師が見立の源泉として扱った題材には、日本では『源氏物語』『伊勢物語』などの主要場面、中国なら「寒山拾得」あるいは『水滸伝』や『三国志』の登場人物などがある。

察しのよい方ならすでにおわかりと思うが、冒頭の春信の絵は持統天皇の有名な歌「春過ぎて夏きにけらししろたへのころもほすてふあめの香具山」に題材を採っている。娘の頭上に翻る白い洗濯物から想像を巡らせるのである。

(山口泰弘・学芸員)

友の会だよりno.23, 1990.3.24

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