ミニ用語解説:自画像
画家が自分自身を主題に選ぶと自画像が出来上がる。多くの場合、自画像の制作には鏡が使われるが、もちろんそれは、他の主題と異なり画家が自分自身を視ることができないためである。
こうした自画像が西洋絵画に現れるのは15世紀のルネサンスの頃で、画家は、注文によって描いた祭壇画などの片隅に自画像を挿入した。自画像は、まるで描かれた場面に居合わせた目撃者の如く画中の人物として登場する。それは、画家にとってはサイン代わりでもあり、サイズも小さいのでさりげなくもあるが、やはりその場面を目撃し、証言しているかのような画家の優越感、祭壇画を仕上げた芸術家としての自負心が感じられる。
自画像が画中の一部から独立するのは、16世紀になってからで、爾来、自画像は作品そのものが描き手を多角的に物語るという興味深い絵画のジャンルとなっている。例えば、自画像を数多く制作した画家の一人に19世紀のフランスの画家ギュスターヴ・クールベがいる。彼は、生涯において、油彩だけでも1ダースを優に越える自画像を制作した。美男子であることを自負していたクールベの自画像の大半は若い頃に集中している。彼の自画像の特徴は、扮装モノが多いことであるが、チェロ奏者に扮したもの、傷ついた兵士に扮したもののほか、恋人達、恐怖におののく男など、彼の自己演出は実に様々である。目に見えないものは描かないと宣言した写実主義者クールベがこれほどまでに自己演出を偏重したのは、自分のイメージに芸術家の理想的なイメージを付与させたかったからではないかと考えられる。それは、ロマン主義的な理解による芸術家のイメージで、社会で認められない悲劇的な天才という、世捨て人としての姿である。
実際の顔の造作に別のイメージを引用させる方法は、クールベ以外にも頻繁に行われた。引用されるイメージは、ときに過去の巨匠であったり、文学上の人物であったり様々であるが、画家たちはこうして自分だけでなく、芸術をもマニフェストしたのである。
デューラーやレンプラント、ゴッホらも時に応じて自分を再確認するかのように数多くの自画像を描いた画家である。そのほかに、シャルダンの自画像における視線の存在や、プッサンやベラスケスにおける自画像と画面構成の問題も美術史的な好奇心をそそるテーマとなっている。
(桑名麻理)
友の会だよりno.43, 1996.12.1