ミニ用語解説:画中画
絵画の中にもうひとつ別の世界が存在する。平面に制約を受けるため構築されて出き上がってくる。西欧で言えばルネサンスの頃。画家たちはその構築のために様々な方法を考案した。いかにして空間を再現するかに知恵を絞ったのである。方法は二種類。ひとつは遠近・明暗法などの描き方に関するテクニック。もうひとつはモチーフによる空間操作。鏡、窓、画中画などを画面に描き込み、もうひとつ別の空間を挿入した。これによって、空間は複雑になり膨らみをますことができた。なかでも、画中画は画家の戦略として美術の歴史に彩りを添えている。
ルネサンス期の画中画には次のような役割があった。ひとつは、構成上の補助手段。画面を空間的に統一した。もうひとつは主題に対する意味的な補充。まずは宗教画において聖・俗の表現を際立たせるために頻繁に使われた。画中画の魅力はそれだけではなかった。注文制作が主だった時代、画中画は画家の創意の遊び場となり得たのである。17世紀のフェルメール、レンプラントらは幾度も画中画を描き込んだ。ベラスケスは、「ラス・メニーナス」(1656年)で画中画を裏表にし、画面を神秘的にしている。ただし、あくまでも主題に従属する脇役だった。
19世紀後半、状況が一変する。クールベの「画家のアトリエ」(1855年)に始まり、画中画はもはや脇役の域を出た。ドニの「セザンヌ礼賛」(1900年)では主題と画中画の立場は逆転さえしている。また、マネ、ドガ、ゴッホ、スーラ。彼らの描いた主題と画中画はまるで対位法のように共鳴しあっている。スーラの「ポーズする女たち」(1888年)を思い起こしていただこうか…。しかも、過去において空間を求めた画中画は、いまや画面の平面性を強調する道具となったのである。
日本でも画中画は数多い。扇面屏風しかり、「彦根屏風」も好例である。風俗画の中に山水が描かれ、絵画のジャンルを橋渡ししているかのようだ。独特な用法に欧米の研究者も注目している。
鑑賞者の立場からすれば、画中画は絵の背景に退き見落としがちになってしまうが、画家の意図や主題を心に留めて眺めると面白いかもしれない。
(桑名麻理・学芸員)
友の会だよりno.40, 1995.12.10