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年報2018年度版 企画展 パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力の現在

2019年1月4日(金)~3月24日(日)(実質開催日数 56日間)
【会場】三重県立美術館 企画展示室
【主催】三重県立美術館
【助成】公益財団法人花王芸術科学財団 公益財団法人三重県立美術館協力会
【出品作家】伊藤 千帆 、稲垣 美侑、尾野 訓大、徳重 道朗、藤原 康博
【アートディレクション、デザイン】白澤真生、和田尚樹(LENS ASSOCIATES)
【撮影】尾崎芳弘(DARUMA)
【担当】…貴家 映子、髙曽 由子、太田 聡子
【ワークショップ担当】…鈴村 麻里子、貴家 映子

【入館者数】5,784人
      有料入館者数 2,016人 無料入館者数 3,168人
      図録販売数: 161冊
      当初の目標人数:5000人


 

展覧会の概要

 普段何気なく見ている風景も、見る人の背景にある文化や生活が異なれば印象や読みとる情報も変化します。それは、数々の詩や物語、芸術作品や映像が、風景に対する私たちの感受性や想像力を育て、文化的アイデンティテイを形づくってきたためです。近年、SNSの普及やテクノロジーの進展によって、私たちの視覚体験は空間的・時間的な制限を超越し、日常で目にする風景の質も大きく変化しています。その変化は、新しい認識をもたらす一方で、固有の文化・風土に根差した風景への感受性を均質化し、地域の景観や共同体の破壊にもつながりかねない危険性をはらんでもいます。
 いま、眼の前にある生の“風景”と切実かつ親密によりそうためには、どのような想像力のはたらきが有効になるのでしょうか。この問いと向き合うための機会として企画された本展では、美術館の5つの空間を舞台に5名のアーティストが作りだす、それぞれの”風景”=パラランドスケープにそのヒントを求めました。
*「Para-」…「~を越えて」あるいは「~とともに」「~にそって」を意味する接頭辞。
 
 伊藤千帆は、愛知県稲沢市出身で、天然ゴムを加工したオブジェや、枝や木材などを組み合わせた大型のインスタレーションで知られるアーティストです。エントランスホールの天井から、サクラやケヤキの枝を、意志を持って生え出てくるかのようにつなぎ合わせ、窓際に設けたゴムのカーテンと対置し、自己の心象風景で見る者を包み込み、鮮烈な印象をのこしたました。
尾野訓大は、長時間露光によるフィルム撮影にこだわり、時間や空間が折り重なり、スケール感にゆがみを生じさせるような写真を制作してきました。今回は、新作を含む数点を9メートルにもおよぶサイズでプリントし、また、足元や窓の外、階段の上などにも大小の作品をちりばめることによって、空間における身体の位置づけによって変化する風景のスケール感や見え方が体感できる展示構成となりました。
 神奈川出身で、三重県にもゆかりのあるペインター、稲垣美侑は、町並みの小さな変化などに眼差しをむけ、絵画制作を通して個人や存在のリアリティを問い直そうとしています。本展では、鳥羽市の離島を訪ね歩いた体験をインスピレーションに展示を構成。様々な高さで壁に設置された絵画を、天井から垂れ下がる色とりどりの半透明の布や、床に置かれたオブジェを避けながら見てまわる経験は、道が湾曲し、起伏がある離島のなかで、水たまりやクモの巣などを避けながら風景に出会う、そんな新鮮な経験を追体験させてくれるものとなりました。
 愛知県小牧市出身の徳重道朗は、木彫人形や、鉛筆、角材、イス、テーブルなど、さまざまな日用品や既製品を用いた「見立て」によって、虚構の風景や地形を作り出すインスタレーションを行ってきました。今回は、調査に基づく作品制作に挑戦。三重県南部の南伊勢町から紀北町にかけての沿岸地域における独自の文化や伝承、インフラ整備の歴史などから見る同地の風景の変遷をテーマに、美術館の備品や展示ケースなども利用したインスタレーションを展開しました。過疎化の進む地域の風景に焦点を当てた調査ならびに展示は、地域とアートの関係を問い直す一石を投じたのではないでしょうか。
 三重県伊賀市にアトリエを構える藤原康博は、険しい峰々や河川の彼岸と此岸、あるいは、構造物の内と外といった、「境界」の存在と、人間の想像力との関係を、平面、立体の制作を通して探っています。今回の展示は、藤原にとって何気ない風景を異化するスイッチとも言えるモチーフ、納屋をイメージして、来場者が実際に足を踏み入れることができる小屋が仮設されました。内部には、藤原が見聞きした風景の記憶や、神話や伝承の断片を立体化したオブジェたちが並び、自然物などに投げかけられる人間の根源的な想像力の存在を想起させました。
 

開催後の所感

 本展覧会は、主に東海圏で優れた作品制作を継続してきた、若手を中心とするアーティストたちによるグループ展でした。アーティストの相対的な知名度の低さや来場者の確保が難しい冬季という条件にも関わらず、予想に反して、目標を超える来場者に恵まれました。また、東京から九州まで、美術関係者にも数多く足を運んでいただき、それぞれに心に残るアーティストの名前を持ち帰っていただけたように思います。
 テレビCMはもちろん、駅貼り広告なども含め広報はほとんどできなかったにも関わらず、目標人数を達成できた要因には、まず、展示自体の出来栄えを挙げたいと思います。準備の過程から、企画者と参加アーティストそれぞれが心に抱く「風景」やその未来についてディスカッションを重ねました。そして、企画者の意図や問いかけに、アーティストが真摯に向き合い、制作に取り組んだ結果、迫力のある展示を作り上げることができました。
 さらに、通常の展覧会に比べて、平日と週末の来場者数に差があり、若者や働いている世代が多く足を運んだことが分かります。「風景」という一見ありふれたテーマは、SNSやヴィジュアル・テクノロジーの急激な発展を背景に、アクチュアルな問題として、若者を中心としたアーティストや来場者の関心を引き付けました。また、「風景」は、感性に基づく極めて審美的なテーマのようでいて、とりわけ東日本大震災以後、社会的なテーマとしても注目されてきました。そのためもあってか、新聞各社に取材をしていただくことができました。
 その他の要因としては、展覧会タイトルなどを大胆に配した広報グラフィックが好評であり、藤原康博の作品の魅力とも相まって(「ポスターの作品が見たくて」)、来場者増につながりました。さらに、会場の撮影ならびにSNS発信を許可したことで迫力ある展示が広く口コミで話題になったこと、愛知、岐阜、滋賀、豊田市といった、近隣の美術館が軒並み閉館していたことなども挙げられるでしょう。
 内容面での成果としては、まず、すべての展示室に、言葉による説明がなくても、見る人の記憶や感性と照らし合わせることで、それぞれ楽しみ方やアプローチの仕方を見つけることができる作品や空間が出揃ったことによって、本展が、現代アートに親しみを持つ絶好の機会となったことが挙げられます。そして、そのような展示が実現されたことで、鑑賞者に「風景」の豊かさやその貧困化の危機に目を向けてもらうという企画の意図は、おおむね達成されたのではないかと考えます。
 最後に、徳重道朗の展示を通して、南伊勢町、紀北町、大紀町の海岸線を訪れ、過疎化が進む同地域の文化や歴史、現在の姿を紹介することができたのも、県立美術館として意義のある試みであったと付言したいと思います。
 本展覧会では、公益財団法人花王芸術・科学財団より助成をいただき、広報印刷物と連動したクオリティの高い図録を残すことができました。展示終了後には姿を消すサイトスペシフィックな展示ばかりとなった本展覧会において、その意義は極めて高いものです。参加アーティストたちが今後活動していく上でも大いに助けになることと期待しています。ここに記して深く御礼を申し上げます。
 

会場風景

 

 

会期中のイベント

1)アーティスト・トーク

出品アーティストが展示室にて、それぞれの作品について解説しました。
要観覧券 申込不要
 
日時:1月6日(日) 14:00-
講師:伊藤千帆/稲垣美侑/尾野訓大
参加人数:98名
 
日時:2月10日(日) 14:00-
講師:徳重道朗/藤原康博
参加人数:45名
 

2)ワークショップ「記憶の山をつむぐ」

いつも見ている山、大切な思い出のなかの山、映画で見た山、物語で読んだ想像上の山、あなたにとって気になる山…。そのイメージを心に描きながら山の絵を描き、最後に参加者が描いた山の稜線をつなげて一つのどこにもない風景を作り出しました。
 
日時:2019年1月26日(土)14:00-16:00頃
会場:三重県立美術館(三重県津市大谷町11)
講師:藤原康博(「パラランドスケープ」展出品作家)
対象:小学生以上
参加人数:13名
参加費無料

 

3)春分の日の風景さんぽ

 津市出身のアーティストと一緒に、美術館周辺を散歩し、風景画の点景人物になった気持ちで気になったものや心に残った景色をインスタントカメラで撮影しました。
最後に、美術館の屋上へ上って、歩いてきた風景の全体を参加者みんなで眺めました。
日時:2019年3月21日(木・祝)13:00-15:30
会場:三重県立美術館とその周辺
講師:片山一葉(津市出身作家)+尾野訓大(「パラランドスケープ」展出品作家)
対象:小学4年生以上(小学生は保護者同伴)
参加人数:11名
参加費無料
 

4)大人のための美術講座「‟風景‟のうつりかわり 印象派からインスタグラムまで」

風景あるいは風景画の成立において内包されていた二律背反する特徴と、それがもたらす問題点を明らかにしながら、19世紀半ばの印象派と現代のインスタグラムに共通する特徴などに触れ、“風景”の概念や表象の歴史と今後についてお話ししました。
 
開催日時:3月10日(日) 14:00-15:30
講師:貴家 映子(三重県立美術館学芸員)
場所:三重県立美術館講堂
参加人数:55名
聴講無料 申込不要
 

5)ギャラリー・トーク

 担当学芸員が展示の見どころを解説しました。申込不要 要観覧券
日時および参加人数:
2月3日(日)15名
2月23日(土)30名
3月16日(土) 23名
いずれも14:00から40分程度
 

主な記事

読売新聞
2019.2.8 「日常風景 芸術家の目で」(新良雅司)
朝日新聞
2019.6.30 「百聞より一見 風景と緊張に 必要な想像力とは」(大野左紀子)
毎日新聞
2019.1.6 「個性的な芸術家 5人の作品展示」(森田采花)
2019.3.12 「それぞれの角度で見た『風景』」(山田泰生)
中日新聞
2019.1.6 「『風景』を写真や立体で」(熊崎未奈)
2019.2.3 「美術館だより ひずみ、反響する声」(貴家映子)
2019.2.17 「美術館だより Private Storage」(貴家映子)
2019.2.24 「美術館だより 明くる日」(貴家映子)
2019.3.3 「美術館だより 藪の中」(貴家映子)
2019.3.17 「美術館だより 南勢地域の風景1」(貴家映子)
日経新聞
2019.1.16 「実景を翻訳・変換、新たな景色に」(豊田市美術館学芸員 千葉真智子)
産経新聞
2019.1.12 「パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力の現在」
しんぶん赤旗
2019.1.25 「パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力の現在」
信濃毎日
2019.1.25 「変化する『風景』作品に」
三重タイムズ
2019.1.25 「パラランドスケープ 風景が喚起する力」
夕刊三重
2019.1.12 「パラランドスケープ “風景”をめぐる想像力の現在」
2019.2.9 「ワークショップ成果展示」
くわな新聞
2019.3.7 「風景をみる。」
茂登山清文「没場所化する風景と風景を見ない人、に代わって ―「パラランドスケープ」のインスタレーションヴュー」『JunCture 超域的日本文化研究』第10号2019.4(名古屋大学文学研究科「アジアの中の日本文化」研究センター)
三重県総合文化センター情報誌 エムニュース Vol. 124 2019年1-3月
あさあけ788号平成31年1月「尾野訓大 造山輪廻3<MUSEUM PIECE>」(貴家映子)
「月刊KELLY」  2019.2 Vol.379
 

主な放映・放送

アートシーン2月17日放送
三重テレビ県政チャンネル
FM三重(3回)

 

出品作品リスト

 

展覧会開催時のページ

 

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