次回企画展 歿後20年 中谷泰展
絵かきとしての自負
田中善明
1988年春、松阪市出身である中谷泰さんの大規模な個展が当館で開催されてからちょうど四半世紀が経過しました。当時は中谷さんもご存命で、会期中に行われた陰里鐡郎初代館長との対談に参加された方もなかにはいらっしゃるのではないでしょうか。つい先日のことのように思い出されるかもしれませんが、中谷さんが亡くなられてからもすでに20年がたちました。その中谷さんは、新聞原稿などを読みますと、ご自分のことを「画家」ではなく、「絵かき」という言葉をよく使われています。真意のほどは僕にはわかりませんが、おそらく職業的な自負を持って「絵かき」という言葉をお使いになっていたのだと思います。61歳から67歳まで東京藝術大学の客員教授を務められたという経歴はありますが、それ以外は基本的に月給をもらう生活ではなく、油絵や挿絵を描いて生計を立てていらっしゃったわけで、兎に角もご自分の腕を信じるしかない厳しい環境にあったわけです。とはいうものの、ひっきりなしに画商が絵を譲ってほしいと自宅に訪ねてきたようですので、他の画家よりも恵まれていたとは言えますが、そうした妥協のゆるされない環境に身を置くことの大切さ、というものが画面に現れているような気がしてなりません。なぜなら、市場に出たどの作品もクオリティが高い、いわゆる手抜きがないのです。
今回は、ご遺族からアトリエに残ったほとんどすべての作品や資料をお預かりしました。中には世間の目に触れられたことのない、制作途中のものも含まれています。それらは、当然ながらまだ一定のクオリティに到達したものではありませんが、中谷さんという芸術に実直な「絵かき」の創作過程の苦心の跡を見ることができ、大変貴重です。さらに、新聞などで使われた挿絵類や、子供向け絵本原画、中谷さんが世界各地で撮影された写真なども展示し、中谷さんの広範な作家活動をご紹介する予定ですので、どうかお楽しみに。
(友の会だより92号、2013年8月31日発行)