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美術館 > 刊行物 > その他 > 中村岳陵《都会女性職譜》 ワークシート 道田美貴 2006.12

美術館のコレクション 2006年度第4期展示(2006.12.26)

中村岳陵《都会女性職譜》 ワークシート 道田美貴

中村岳陵
《都会女性職譜(エレベーターガール)》
1933(昭和8)年8月
紙本着色
36.3×33.3cm


作者解説

中村岳陵
(1890-1969)

静岡県下田市に生まれる。本名恒吉。10歳で上京し、12歳から野沢堤雨(1837-1917)について琳派を学んだのち、1904(明治37)年に土佐派の川辺御楯(みたて)(1838-1905)に入門、御楯の別号花陵より「岳陵」の号をうける。1908(明治41)年には、東京美術学校日本画科に入学、寺崎広業(こうぎょう)(1866-1919)、結城素明(そめい)(1875-1957)のもとで体系的な美術教育を受ける一方、新たな歴史画の研究に努めた団体・紅児会にも参加。美術学校では、特別進級・首席卒業、第6回文展(1912)では、《乳糜供養(にゅうぴくよう)》で初入選を果たすなど早くから頭角をあらわした。


紅児会解散後は、今村紫紅(しこう)(1880-1916)を中心に結成されたより先鋭的な赤曜会に参加する。1914(大正3)年、第1回再興日本美術院展に《緑蔭の饗莚》が初入選、さらに、第2回展には敦煌壁画から着想を得た《薄暮》を出品、わずか2度の出品で同人に推挙された。以後、1950(昭和25)年に日本美術院における確執から同院を脱退し、日展に活動の舞台を移すまで、美術院の中心的作家として活躍することになる。大正後期から昭和初期にかけては、平家物語に取材した《輪廻物語》(1921年)、裸体の楊貴妃に挑んだ《責妃賜浴(きひしよく)》(1927年)など古典主題に取り組むが、この間の古典研究は以降の岳陵作品の根幹となった。


一方で、1930(昭和5)年には、福田平八郎(1892-1974)ら日本画家、中川紀元(1892-1972)、牧野虎雄(1890-1946)ら洋画家、評論家などとジャンルを超え六潮会を結成、モダニズムの新傾向を模索していく。1931年の第18回院展出品作《婉膩水韻(えんじすいいん)》、第20回院展出品作《都会女性職譜》では、風俗描写を通じて同時代の清新な女性像を描き出し、続く《豊幡雲》(1936年)、《流紋》(1939年)では、大胆な構図と色彩を用い、装飾的でモダンな独自の画風を確立する。また、《白狗》(1929年)、《牡鹿囁く》(1930年)にみる伝統的画題の近代化を目指した作品、《鉢かづき草紙》(1930年)のように白描にこだわった作品など多様な関心を示し、種々の課題に挑み続けた。戦後は、《気球揚る》(1950年)に代表される人物画や風景画に新境地を開き、1960(昭和35)年には、岳陵の集大成と評される四天王寺金堂壁画を完成させた。70年におよぶ画業の中で、岳陵が取り組んだ画題は広範囲に及ぶが、いずれの場合も「自然の観察」、「古画の鑑賞」、「忠実な写生」が基本に据えられている。


中村岳陵
《貴妃賜浴》1927年


中村岳陵
《婉膩水韻》1931年
静岡県立美術館


中村岳陵
《気球揚る》1950年
東京国立近代美術館

作品解説

◆《都会女性職譜》


1933(昭和8)年、岳陵が挑んだ主題は同時代女性の働く姿だった。しかし、働くひとびとを描き連ねるという趣向は、実は岳陵のオリジナルではない。鎌倉時代には、さまざまな職種を組み合わせ架空の歌合わせの形式をとる職人歌合絵巻が描かれ、桃山から江戸時代初期には、職人を都市の喧噪とともに活写する作品が流行した。古典研究を重視していた岳陵が、「職人尽絵」と総称されるこれらの作品を念頭に置き、新時代の「職人尽絵」を目指した可能性は高い。


このシリーズについて、岳陵は当初20種類くらいの職種を考えていたと述べているが、実際ははかどらず、〈エレベーターガール〉〈チンドンヤ〉〈女店員〉〈レビューガール〉〈女給〉〈看護婦〉〈奇術師〉の7点を第20回院展に出品する。残念ながら、他にどのような職種が岳陵の念頭にあったのかは明らかでないが、完成した7点は主に近代都市を象徴する百貨店や劇場、カフェが舞台となっており、古典的な画題をモダンな作品へ昇華させようとした岳陵の思いをみてとることができる。また、綿密に練られた大胆な画面構成や色彩構成は、「モガ」と呼ばれた女性たちを映し出すと同時に、当時の緊迫した社会情勢までも暗示しており、真に時代の空気を捉えた作品であるといえるだろう。


◆各図解説


〈エレベーターガール〉

 画面手前の階段と思しき位置から見おろす傭撒的構図と人物の大胆な中断や配置で劇的空間を作り出すことに成功している。洋装と和装の男性を共存させることで時代の雰囲気も感じさせる。アラビア風装飾を用いた8階建てのこの百貨店は、銀座松屋である可能性が高い。


〈チンドンヤ〉

 建物内からチンドンヤを見おろす構成になっているが、はっきりと全身が確認できるのは女性一人。街頭にみえる左方向を指さす手や画面左へ走り去る犬が左への方向性を強調する。枠の役割を果たす壁、人物の配置、謎めいた影など複雑な構成で、不安定な世相を反映しているかのようである。観者をみつめ返す眼の看板もまた、不安を感じさせる一因といえよう。


〈女店員〉

 百貨店の催事場を思わせる売り場で働く店員が描かれる。店内には、衣類や装身具、大学のペナントも飾られ、売り場の様子が丁寧に描き出されている。大胆なストライプが多用され、浮き輪の水玉模様などとともにモダンな雰囲気をつくりだす。商品はもちろん、空調機の吹き出し口の表現などから、季節感溢れる一図となっている。


〈レビューガール〉

 交互に配された二種類のドレスが画面にリズムを生む。さらに、スカートや扇、背後の幕の扇形などを繰り返すことによって、そのリズムが増幅される。ドレスには明るい色彩が用いられているにもかかわらず、幕の色や柄、無表情な女性達や背後の影があいまって一種独特な暗さを生み出している。


〈女給〉

 衝立に妖しげに寄り添う男女の影を中央に配し、画面左端にはその様子に関心を示す女給を描く。全体的に色数はおさえられているが、カクテルや男女の影に向かって伸びる植物の緑によって画面には緊張感が与えられている。本図は風紀を乱すとして展示の撤回を求められた作品でもある。


〈看護婦〉
 レントゲン台に手をかけて立つ看護師が主役。近代的な医療機器が置かれた病室は、ベッドやレントゲン台の配置、タイルなどにより奥行きが強調されている。ただし、その奥は真っ暗で観る者を不安にさせずにはおかない。清潔さを求められる職業に相応しく、看護師は髪をすっきりと束ね、薄化粧に描かれている。


奇術師〉
 黒い背景に、華麗な舞台で人気を博した松旭斎天勝(しょうきょくさいてんかつ)と思しき女性と空中に舞い上がった花束やトランプ、鳩などが浮かび上がる。舞台に立つ女性らしくメイクは華やかで、視線が集まる手元には赤いマニキュアが施されている。


各図ともに女性の服装、髪型からメイクにいたるまで詳細に描き分けられている点に、岳陵の風俗的関心をみることができる。これらの都市風俗の細緻な描写や緻密な画面構成こそ、本シリーズが7図にとどまった要因であると考えられる。岳陵の代表作であるこのシリーズは、岳陵の真摯な姿勢をも映し出しているといえるだろう。


(学芸員道田美貴)

〈チンドンヤ〉
1933年8月


〈女店員〉
1933年8月


〈レビューガール〉
1933年8月


〈女給〉
1933年8月


〈看護婦〉
1933年9月


〈奇術師〉
1933年9月

作家別記事一覧:中村岳陵

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