2 裸婦像
半世紀以上に及ぶ柳原の彫刻人生の中で、裸婦像の制作は最も重要な位置を占めていたといえるだろう。
柳原の裸婦像としては、《犬の唄》がよく知られている。これは、敗戦後のやり場のない屈辱、不満、自嘲、虚しさをその題名に託して発表した作品で、このタイトルはレジスタンスの精神を持ち続けようとする柳原の彫刻家としての姿勢が示されている。
《すこやか》《いこい》といった何らかの意味が込められた題名が付される場合も少数見られるが、柳原裸婦像の多くには滞欧作《赤毛の女》《黒人の女》以来、《裸婦座像》《靴下をはく女》《裸婦立像》《座る女》等々、人物の態勢を示す即物的とも言える題名がつけられてきた。
腰掛けた女性が靴下をはくときに、あるいは一人の女性が右足に重心を置いて立つときに、身体の各部はどのように動き、どのような平衡状態が生じるか、地球の重力と自身の動きとのバランスを取りながら人体各部が示す「量と量のひしめき」「量の移動」「面の組立」、ロダンが言う「螺旋構造」、高村光太郎が言う「身動きそうな感動」、そうした自然界の法則に迫りたいという作者の強い意図をこれらの作品には見て取ることができるだろう。
1950年代後半から60年代頃に制作された裸婦像では、肉体の量塊はしばしば荒々しい肉付けによって表され、背面等に大きくえぐり取られたかのような孔を見ることができるのも大きな特徴である。しかし、1970年代に入るとそうした荒ぶる表現は影を潜めて、なめらかで穏やかな肉付けによる表現へと変化することになる。
(裸婦像については、高橋幸次「柳原義達の裸婦像:文学性と純粋造形性について」『柳原義達展』図録(2000年 世田谷美術館)所収に詳しい)