染谷亜里可の技法
‘SOAK’
‘SOAK’は「浸透する」を意味します。このシリーズは1997年に最初に発表されたもので、壁に文様を浮かばせたベニヤ板を貼りつけ、壁自体が作品と化したかのように見える‘Wall’と、床に平らに置かれ文字どおり絨毯のように映る‘Carpet’との、二つの系列があります。
まず‘Wall’の系列は、ベニヤ板にカゼインと白亜を混ぜた地塗り用塗料(casé-arti)を塗布し、その上から自動車の潤滑油であるモーター・オイルで文様を描くというものです(黒っぽい作品では地に墨が塗られています)。オイルを差すと、塗料が透明化し、文様をなすわけです。
文字どおり絨毯状の‘Carpet’の場合は、不織布(ペーパー・タオル)を8~10枚重ね、層ごとにオイルをスポイドで差して作られます。色は、もとの製品としてのオイルが色分けされていたのを活かしているだけで、顔料は加えられていません。
いずれにせよオイルはいつまでも乾燥せず、時間の経過や環境の変化に応じて混じり合い、広がって、イメージのシルエットは曖昧になっていきます。
このシリーズは、時間の流れの中で失なわれたものも、記憶の中では現在と同様に存在しており、とすれば、歴史の中で残るとは何を意味するのか、あるいは逆に、残らなくてもよいのではないか、という発想から生まれたということです。
‘DECOLOR’
‘DECOLOR’は「脱色する」の意味で、2000年に最初に発表されたシリーズです。深紅や暗青色のヴェルヴェットの表面に、風景や静物、あるいは字幕つきの映画の一場面が浮かびあがるというものです。
これらの作品は、既製のヴェルヴェットに、筆に浸した家庭用の脱色剤でイメージを描き、その後、水で洗い流して脱色剤を飛ばすという手順で制作されます。
このシリーズは、絵具などの素材を足し算式に加えていって制作するのではなく、逆に、消すことで何かを表わせないかとの発想を出発点にしているということです。その際ヴェルヴェットには、ちょうど記憶が今はない何かをよみがえらせる時のあざやかさ・生々しさに呼応するかのような質感があり、さらに、光の感覚を宿らせることができるという特質があることに、作者は気づいたといいます。ともあれ、記憶や時間というものをどのように表現することができるかという問題意識は、‘SOAK’のシリーズとも一貫しています。