ごあいさつ
現代日本の具象彫刻界を代表する作家の一人佐藤忠良は、身近な人々をモデルに、強い生命感と精神性を内部にこめた頭像、洗練された造形感覚とあたたかな人間性を強く感じさせる子どもや女性の像などを戦後一貫して制作し、国内外で多くの支持と称賛を得ています。
1912年、宮城県に生まれた佐藤忠良は、少年時代を北海道で過ごし、画家を志して上京しましたが、プールデル、マイヨールらの作品を知って彫刻家志望に転じ、東京美術学校彫刻科塑像部を卒業しました。
佐藤は在学中から国画会展に出品、受賞を重ねましたが、卒業後は、新制作派協会彫刻部創設に参加します。しかし、32歳で召集されて制作は一時中断、シベリアでの抑留を経て1948年に帰国し、この年から新制作展を主たる場として精力的な作品発表が再開されました。
佐藤忠良の彫刻は、ロダンに代表されるフランス近代彫刻の影響下に出発しましたが、1952年の「群馬の人」は、発表当時はじめて日本人の手で日本人らしい顔ができたと高い評価を受け、佐藤の彫刻家としての地歩を確立する作品となっただけではなく、戦後の具象彫刻史においても極めて重要な意義を持つ作品となりました。
その後、現在までに発表された多くの佐藤作品は、日本の風土に根ざした造形感覚とすぐれた造形表現とによって、日本近代の具象彫刻がたどってきた過程の一つの到達点を示しているといえましょう。
このたびの展覧会では、1942年の「母の顔」から、最近作「ブラウス」までの彫刻作品97点を中心に、優れたデッサン家でもある佐藤のデッサン58点と挿絵原画11点、絵本などをあわせて展示し、佐藤忠良の芸術を紹介いたします。
この展覧会を開催するにあたり、佐藤忠良氏からは多大のご協力をいただきました。深く感謝の意を表します。また、NHK津放送局、(財)岡田文化財団、宮城県美術館をはじめとして、ご支援いただきました関係各位にもあつくお礼申し上げます。
1994年4月
三重県立美術館