第7章 元永定正・創作の背景
小さなメモ帳とペン、それにコンパクトカメラは元永定正が持ち歩く定番の品である。何か気になる場面があると、メモ代わりにスナップ写真を撮ったり、メモ帳に何かを書き込む姿をよく見かける。このようにして蓄積された構想デッサンは膨大な量に達するというが、このメモ用紙の山は元永定正にとって創造の源泉だ。
眼に映った自然界のちょっとしたかたちや心に浮かんだアイデアを元永はメモして、そこから作品を生み出すのだ。行く先々に作品化できる素材がないか、元永は常に眼を光らせている。見方によっては恐るべきプロ魂だが、こうしたことをごく自然に飄々とこなしてきたところが、元永定正の元永定正たるゆえんであろう。
元永は十代の頃から漫画を描きはじめ、その後洋画に転向した。1953年頃までの作品は具象絵画であったが、当時の芦屋市展に接してから抽象絵画を描くようになった。これまであまり紹介されたことがない、元永30歳前後の具象、半具象、抽象の様々なデッサンは、完成作品からは窺えない元永の造形言語の成立過程を私たちに垣間見せてくれる。