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美術館 > 刊行物 > 展覧会図録 > 2004 > 「三重の子どもたち展」-その新しい顔 毛利伊知郎 三重の子どもたち展報告書(2004.3)

「三重の子どもたち展」―その新しい顔

毛利伊知郎

昨年度の「三重の子どもたち展」記録集に、「(次回までの)準備期間が長いことを好機ととらえて、関係者間の議論を深めていきたい」と、筆者は記した。三重県立美術館が増改築工事のために2002年10月から一年余り休館し、今年度の「三重の子どもたち展」まで一年半ほどの期間が生じたからである。

今年度の展覧会を準備する過程で関係者が集まり、展覧会のテーマを中心に議論が重ねられた。その結果、他稿で報告されているように、今回から展覧会のテーマが「はっしん! 今・・・わたし」に変更された。従来の「発見! わたしの村 わたしの町」というテーマは、第1部「生活の現場から」を主眼に置き、館外でのワークショップとの関連を重視して立てられたもので、第2部「教育の現場から」との整合性に課題があることは当初から指摘されていた。

新しいテーマは、第2部「教育の現場から」の出品者であり、展覧会の主人公である一人一人の子どもたちに焦点を絞って考えられたものである。従前のテーマに比べて、より多様な解釈が可能で、それは子どもたち一人一人の多様性を尊重するというこの展覧会の本旨にそったものといえるだろう。

しかし、重要なのは表面的なテーマの文言ではない。テーマが単なるお題目になってしまっては意味がない。自立性と個性が真に尊重された作品を子どもたちが自身の意志でつくることができる環境が保証され、そうした作品が美術館の展示室に集うことがより重要だろう。こうした「三重の子どもたち展」の本旨が、このテーマを通じてより多くの人々に理解されることを願いたいものである。

ところで、「三重の子どもたち展」は現在変化の中にあるといえるだろう。そこには、従来の第1部「生活の現場から」を構成していた美術館外のワークショップの在り方と内容が今年度は従来と異なる結果となったこと、第2部「教育の現場から」に出品される作品と展覧会のテーマについて議論が進んだこと、さらに美術館に美術体験室という施設がつくられたことなどいくつかの要因が考えられる。以下では、今年度の展覧会に盛り込まれた新しい試みについて問題点等を点検しておこう。

今回の展覧会には「光と影」を扱った作品によるテーマ展示のコーナーが設けられた。以前にも学校現場での図工美術教育の意欲的な実践を展示紹介してはどうかという意見が検討されたことはあったが、実現することはなかった。今年度はワークショップの展示が小規模で、スペースに余裕が生じたこともあって、通常は展示が難しい「光と影」のテーマ展示が実現した。

この展示は、第1部の構成に新しい可能性があることを示している。「光と影」以外のテーマも多々考えられるだろう。しかし、学校での多忙な本務の傍らテーマ展示を実現させた関係者が過重な負担を強いられたことは否定できない。また、初の試みということから、関係者間の意思統一、美術館側のサポート体制等も必ずしも十分ではなかった。来年度以降の実施に当たっては、こうした運営面の体制づくりが不可欠であろう。

テーマの変更は、従来の第1部「生活の現場から」の在り方とも大きく関わっている。今年度は昨年度まで実施していた第1部のワークショップ実施を見合わせた。それは、増改築工事に伴ってワークショップの実施体制をつくることが困難であったというだけではなく、館外活動としてのワークショップについて、その目的、内容、性格等々を再検討することが必要ではないかと考えたことも理由の一つであった。

そうした中で、これまでとは異なるワークショップの試みとして、8月に松阪市で開催した移動美術館の関連イベントとして「チューショー絵画に挑戦!の巻」を行っている。このワークショップは、大和慎氏をファシリテーターに移動美術館で展示された作品を手がかりに、小学生たちが色画用紙を素材に抽象表現に挑戦してみるというものだった。

所要時間は半日、素材は色画用紙とパネルだけという小規模でささやかなプログラムであると同時に、美術館の所蔵品と関連して組立てられていることからすれば、極めてオーソドックスな美術館のワークショップというべきだろう。

もちろん、昨年度の記録集で山田康彦氏が指摘しているように、こうした美術館自体の文脈を問い直すことにこそ、ワークショップ本来の意義があるという議論もあるが、美術館を取り巻く環境、人々の意識、社会状勢等々を考慮しつつ、ワークショップについては、一つの方法に限定することなく今しばらく試行を重ねたいと考えている。

今年度の「三重の子どもたち展」では、会期中に実施する創作広場の内容にも変化があった。創作広場は、展覧会場で他の子どもたちの作品に触発された子どもたちが自由に造形を行えるようにとの考えから発案された催しで、以前はエントランスホールを会場にしていた。昨年度は、規模を拡大して県民ギャラリーの壁に合板を貼り巡らして、子どもたちに自由に絵を描いてもらった。

今年度の創作広場は、美術体験室を会場に「アカカゲ あおかげ 何色のカゲ?」というテーマを設けて実施された。これは、「光と影」のテーマ展示と関わって考えられたプログラムで、全く自由放任の従来型創作広場と大きく異なっている。

会場の美術体験室が展覧会場から遠く、参加者が集まるか危惧もあったが、いずれの実施日も盛況で好評裡に終了することができた。

こうしたテーマ性のある創作広場と全く自由な創作広場、どちらが良いか単純には決し難いだろう。来年度は展覧会全体の構成を見た上で方向性を決めることとしたいが、少なくとも今年度の試みは、「創作広場」の在り方に一石を投じて、新たな局面を提示したものとして尊重したいと考えている。

以上のように、今回の「三重の子どもたち展」は新しい側面をいくつか持っている。こうした新しい芽がより良く育つように、来年度に向けて準備を進めたいと考える次第である。

(もうり いちろう・三重県立美術館学芸員)

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