あいさつ
18世紀から19世紀にまたがるゴヤの82年におよぶ生涯は,激動のヨーロッパ史とともにありました。一言でいえば,この危機の時代に対処して,いやおうなく磨ぎすまされたゴヤの想像力と好奇心とが,旺盛な制作行為のつきることのない糧であったということができます。諷刺や告発,希望や絶望の力によって,既成の秩序の最深部へ鋭い闘いのメスをさしこみ,社会と自分とを全面的に解放することをめざすゴヤの芸術的良心は,そのまま,19世紀以降の近代美術思想を準備し,強力な橋わたしとなるものでありました。
ゴヤの絵画の全体が,ヨーロッパ美術史の上で最も豊かな収穫のひとつであったということは周知の事実です。しかし,その絵画におとらず,あるいはそれ以上に,ゴヤの版画群は,卓越した想像力をあますところなく画面に焼きつけるための,かけがえのない手段だったと思われます。自と黒に極限された銅版画の世界に炸裂する光と闇の交叉,そこから生まれる過激なイメージこそ,ゴヤの感受性の最も忠実な表現であったといえるでしょう。
銅版画の四大シリーズ『気まぐれ(ロス・カプリーチョス)』,『戦争の惨禍(ロス・デサストレス・デ・ラ・ゲーラ)』,『闘牛技(ラ・タウロマキア)』,『妄(ロス・ディスパラーテス)』を一堂に集め,ゴヤ版画の真髄を示しうるこの展覧会の意義は,決して小さなものではないと思います。このことを明記して,今回の展覧会にあたり全面的協力を惜しまれなかったマドリードのフアン・マルチ財団,協賛の花王石鹸ならびに関係各位に,心より感謝を申し上げます。
1985年4月
主催者