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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 心に残るこの1点 > 心に残るこの1点(6) 金弘道《風俗畫帖》 原舞子 学芸室だより

学芸室だより リニューアル版

テーマ:心に残るこの1点

2008年2月29日  原 舞子

 

「金弘道」(きむ・ほんど)と聞いて、その作品をすぐに頭に思い浮かべることのできる方は少ないのではないでしょうか?

一体、いつの時代の人?どこの国の人?そもそもアーティストであるのかどうかもわかりませんね。最近人気の俳優?

 

 

金弘道は18世紀後半、朝鮮王朝時代に活躍した画家です。韓国では知らない人はいないのではないかというくらい非常に有名な画家です。

 

金弘道の作品は韓国の国宝や重要文化財に指定されているものも少なくありません。

 

特に有名なのは、韓国国立中央博物館に所蔵されている《風俗畫帖》です。この作品は宝物527号(韓国の国宝)に登録されています。

 

檀園金弘道《風俗畫帖》「瓦葺き」 檀園金弘道《風俗畫帖》「脱穀」 檀園金弘道《風俗畫帖》「砧打ち」  

檀園金弘道《風俗畫帖》(部分) 左より「瓦葺き」「脱穀」「砧打ち」

 

 

描かれているのは、朝鮮王朝時代の庶民の姿です。特に有名なのは、書堂(ソダン:日本でいえば寺子屋のようなところ)で先生にしかられて泣く子どもやその子どもを見て笑う周りの子どもたちを描いたものや、シルムという韓国の相撲をとる人物と歓声をあげながら見物する人々を描いたもの、などでしょう。その他、農作業や機織などの労働をする人物、井戸端で話をする人物、宴会の様子や踊りを踊る子どもなど、さまざまな姿がいきいきと描かれています。

どの作品も背景は省略し、人物を中心に構成されています。さらりとしていながら大胆で力強い筆致は、この作品の大きな魅力だと思います。

 

大学院で修士論文を書いていたとき、近代の日本画家、速水御舟が金弘道の《風俗畫帖》に触発されて、《青丘婦女抄》という作品を制作したことを知りました。前に一度、韓国の博物館で実物を見たことがあったのですがあまりよく覚えていなかったので、もう一度見ておきたいなと思っていました。

檀園金弘道《風俗畫帖》「機織」 

《風俗畫帖》のうち「機織」

 

その年の夏は語学勉強のため1ヶ月韓国に滞在していました。語学学校の授業の無いときには、ソウル市内の美術館やギャラリーを見て回っていました。国立中央博物館へも滞在中何度か足を運びました。

その日も博物館は多くの人でにぎわっていました。日本の美術館や博物館に比べて、韓国では子ども達の姿が目立ちます。子ども達には負けじと、覚えたての韓国語で入場券を買い、いざ館内に乗り込みます。

 

 

巨大な博物館の2階、絵画展示室にお目当ての作品は展示されていました。

 

《風俗畫帖》は25枚の作品が1頁ずつ貼り付けられた本(画帖)の形式になっているため、展示されている状態では見開きの2点しか見ることができません。他の絵も見たいなあ、と思いながら展示ケースにへばりついて作品を夢中になって見ていると、監視員の女性が韓国語で何やら話しかけてきました。

 

「何か気になることでもありますか?」

 

 

別に怒られたわけでもないのですが、ドキッとして言葉を失う私。女性はどうやら相手(私)が外国人らしいと気づき、英語でもう一度話しかけてきました。

 

何か答えなくては、と思い、不自由な韓国語でしどろもどろ。この絵が好きだ、とか、私は日本人です、とか、美術史を勉強しています、とか何とか。こんなときに簡単な会話文しか出てこない自分の語学力に落胆しつつも、なんとか気持ちを伝えようと必死でした。

 

 

私のつたない韓国語がきちんと伝わったのか、はたまた必死の思いが伝わったのか、監視員の女性は目を細めて嬉しそうに、この絵が好きなんですね、日本の方なんですね、美術史を勉強しているんですね、とうなずいてくれました。

 

そして、「私は先週日本に遊びにいきました。東京の国立博物館に行き、展示を見ましたがとても良い展示でしたよ。」などと、いろいろお話をしてくださいました。そして、《風俗畫帖》についても、この作品は画帖形式なので、3~4ヶ月に一度展示替えを行って25枚の作品を順番に展示しているのだということも教えてくれました。最後にひとこと、「ゆっくり見ていってくださいね。」と残して、彼女は去っていきました。

 

 

なんだかとても親切な方だなあ、と温かい気持ちになりながら作品を堪能し、その日は博物館を去りました。

 

 

あの日以来、韓国を訪れた際には必ず国立中央博物館を訪ねることにしています。それは作品を見たいという気持ち以上に、あの女性に再び会いたいという気持ちが強いのかもしれません。

 

それにしても、やけに作品や博物館のことに詳しい監視員さんでした。もしかして、学芸員の方だったのでしょうか?いずれにしても、来館者を温かく迎え入れてくれる博物館の姿を感じることができ、貴重な体験となりました。

 

 

このようなわけで、私の心に残る一点は金弘道の《風俗畫帖》です。作品そのものの魅力もさることながら、作品を通して出会った人との思い出が詰まっています。

 

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