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美術館 > 刊行物 > 学芸室だより > 心に残るこの1点 > 心に残るこの1点(7) 自画像とはいえない自画像 伊藤亮子 学芸室だより

学芸室だより リニューアル版

テーマ:心に残るこの1点

2008年3月31日 伊藤亮子

 

絵画を初めて意識したのは小学校の3年生の頃だったと思います。私の母は私を文学者にでもさせたかったのでしょうか、小学館の少年少女世界の名作文学という厚さ5センチほどの本を注文したのです。その本は毎月届けられました。

親の心子知らずと申しますか、親我が子の好み知らずとでも申しましょうか、文学にさほど興味のない私は、届いた本の中身をぺらぺらとめくり、4作ぐらいおさめられた題名をみて、興味をそそる内容のものだけを読んだ記憶があります。親の望むところとは若干ずれていたかもしれませんが、それほど文学を好まないこの少女に、この本は違う影響を与えたのです。

この本は絵画が表紙になっていました。表面が凸凹していて本物っぽかったのです。毎回違う絵が表紙になっていて、いつしかこの本が届く楽しみは表紙の絵になっていました。

中学生になったとき昔も今もよくある美術の課題として「自画像」がありました。

なぜ自画像を描くのか、どのように自分を表したいのか、というような内面的な意味での導入や、またどのように描けばよいかという技術的な表現の指導も、何も記憶に残っていません。ただ『自分の顔をこの画用紙(4つ切りの白色)に画きなさい』と言う課題だったとしか記憶に残っていません。

小学校の頃と違っていたのは自分の描く人物画に納得いかない自分がいました。そのとき、あの本の表紙を思い出したのです。 

眠っていた本を引っ張り出してきて、じっくり見ました。

顔の色は一面肌色じゃなくて、目頭、目尻のあたりに窪みがあり鼻に高さがありました。髪の毛は一面黄土色ではなく、ふんわり、櫛が通りそうな流れを見せていました。絵の具箱に無い色が一杯使われていて、瞳の中、鼻の頭、おでこに、髪に光があたっている。光の部分と陰の部分に色の工夫がされていたことを知ったのは、このときでした。

自分の部屋の勉強机では描く気になれず、仏間の大きな座敷机に紙を広げ、絵の具を用意し襖を閉め切って、誰も部屋に入れず、絵とにらめっこをしました。どうすれば、このような色が出るのか、そのとき絵の具の混色で無数の色が作れることを同時に知りました。少しずつ混色してたくさんの色を作ることが楽しくてたまらなかったことを覚えています。

親たちは、普段勉強の嫌いな子が、仏間に入ったまま長時間絵を描いているので、この子は画家になるのではと、またまた、妄想したようですが。

黙々とかなりの時間をかけて描きました。途中から自画像であることは忘れていたように思います。

できあがった課題の自画像は自分の顔ではなくてセーラー服の上にその模写した顔がのっかっていました。

さすがに髪の毛はブロンドにしませんでしたが、若干今から思うと西洋っぽい顔立ちの自画像だったように思います。我ながらよく頑張った。とかなり満足でした。

美術の先生に提出したら、しばらくして学校の玄関に飾られていました。何となく、うしろめたさを感じましたが、なかなかのできだったと思います。もう、時効だから先生も許して下さるでしょう。

ところで、あの絵は・・・・実家に行き、文学者を育てようとした母に聴いてみました。「あの本まだある?」なんと、倉庫にまだ保管されていたのです。紙の色はセピア色をしていましたが、残っていました。もっと驚いたのは、母はあのとき娘が仏間にこもって一生懸命描いた自画像が、学校に飾られたことを覚えていたのです。ただ、母は校長室に飾られたと記憶していたのですが・・・。

大切な人と再会した思いがしました。あのとき一生懸命模写した絵は絵の一部でした。

その本の表紙絵の選と解説をされたのは当時東京芸術大学教授をされていた伊藤 廉先生でした。

(1962年出版)

スペインの宮廷画家、ベラスケスがかいた王女マルガリータ・マリアの肖像で、3.18×2.76メートルもある大作の一部です。この大作はマドリッドのプラド美術館にあります。

「ラス・メニナス」〔おつきの人々〕(1656年)といわれているベラスケスの傑作です。ベラスケスは筆を軽くじょうずに使って絵をかくことにかけて右に出るものはないと思いますが、それよりも、光の強さ弱さで遠近をかきわけることがすばらしいのです。

ベラスケスの絵を見ていると、この人物は何メートルさき、あの壁は何メートル先ということがはっきりわかるといわれています。・・・・・(一部抜粋) 小学生のこどもにも分かるように解説されていました。

あれから、沢山の絵と出会い、絵の好みは全く変わりましたが、心に残る一枚といわれたら・・・・・

あのとき、私に光と陰を教えてくれたスペインバロック絵画の巨匠、ベラスケスの名作 ラス・メニーナ(女官たち)1656-57年ということになるのだろうと思います。

ベラスケス「ラス・メニーナス」       ベラスケス「ラス・メニーナス」

 

ベラスケス「ラス・メニーナス」少年少女世界の名作文学 小学館

 

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