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美術館 > 刊行物 > HILL WIND > ひる・うぃんど(vol.31-40) > ひる・ういんど 第34号 元永定正展──展覧会で紹介できなかったこと

元永定正展──展覧会で紹介できなかったこと

毛利伊知郎

 

 今年の年頭を飾って開催された「元永定正展」では、元永氏自身の陽気な人柄と長期にわたる多彩な制作活動を反映して、美術館はにぎやかな雰囲気につつまれた。展覧会は、伊賀上野時代に描かれた具象画から、追加出品された200号キャンバス7枚からなる最新作「せぶん」に至る絵画作品を中心に構成された。

 

 また、版画やドローイング、画家自身のデザインになる椅子やタピストリー、金属や陶器のオブジェ、絵本の原画も紹介され、ロビーとホールに再現された具体時代の「水」の作品は、独特のふくらみを持った形と水性インクの美しい色彩が光線にはえて、発表以来既に30数年を経ているにもかかわらず、時の流れを感じさせない美しさが多くの人々の関心を呼んだ。

 

 元永定正氏は独特の抽象画による絵本の作者としても知られるが、昨秋刊行された元永氏の絵本『もけら もけら』にちなんだ山下洋輔ニュートリオの、国内はもとより国際的にも初めてかと思われる絵本によるジャズコンサートも開催されて、展覧会は大いに盛り上がった。

 

 元永定正の活動の主要な部分は展示や催しを通じてほぼ紹介することができたと思われるが、会場構成その他の理由により、準備段階で見送られた作品も少なくなかった。ここでは、展覧会に盛り込めなかった元永定正の活動、作品について紹介してみよう。

 

 展覧会の準備中に、元永氏のアトリエで拝見した様々な作品や資料の中で、最も印象深かったものの一つに、膨大な数のアイデアデッサンがある。

 

 このデッサンについては、展覧会カタログに掲載した文章でも少し触れたが、元永定正の創造の過程を伝えるものとして、私には非常に興味深く思われた。その多くは、メモ用紙のような小形の紙切れに鉛筆で描かれたもので、鑑賞の対象になる類のデッサンではないけれども、そこには作品のアイデアを練りあげる画家の生な息使いを感じ取ることができた。

 

 こうしたデッサンを整理し、完成作であるタブローや版画とその元になったデッサンとを対比して展示すれば、完成作品からはうかがうことのできない元永氏の創造の営みの一端を紹介することができるだろう。

 

 こうした抽象作品のデッサンとは別に、裸婦を中心とした人物像のデッサンもアトリエで拝見することができ、印象に残っている。1954年の第7回芦屋市展に抽象作品を初めて出品するまで、元永定正は風景や人物像などの具象画を描いていたが、その頃のデッサンである。当時の具象画は、数点がこの展覧会にも出品されて、元永の画家としてのスタートがどのようなものであったかを、私たちに示してくれた。現在の元永定正という画家のイメージと裸婦デッサンというのは、直接結びつきにくいかもしれないが、モデルの肉体を明快に描き出した力強い骨太の表現には、その後の抽象作品からも見て取れる、萎えることのない創造のエネルギーと、形にたいするこの画家の執ような眼差しがひそんでいるかのようだった。

 

 この他、元永の出発点の作品として、今一つあげておきたいものに、漫画がある。元永定正は、伊賀上野時代に4コマ漫画などを上野市の広報誌などに発表していた。その原画は、今では残っていないようだが、幸いにも当時の掲載誌を見ることができた。それらは、現代の漫画に比べれば、非常に素朴なものであるが、ほのぼのとしたユーモアにあふれた作品で、元永作品のおおらかなユーモアの源泉をここに見ることができる。

 

 その他、こうしたデッサン以外で展覧会に盛り込めなかったものに、パフォーマンスの類がある。元永定正が、1955年に具体美術協会に参加してから、煙による作品の発表を行っていたことはよく知られているし、その後も、1970年の大阪万博におけるイヴェントの演出、あるいはカーペインティングや注射器によるドローイングの実演を行うなど、様々なアイデアを元永は作品として発表してきた。

 

 元永定正の主たる活動がタブローの制作であることはいうまでもないが、パフォーマンスこそ、アイデアマンたる元永の面目躍如を示すものとして、忘れることができない。

 

 このうち、煙を使う作品は、たばこの煙を口から吹き出す時に生まれる、煙の輪のおもしろさからヒントを得たといい、元永は大形でおもしろい形の煙をつくりだすための煙発生機を考案したりしている。

 

 煙の作品は、1980年に国立国際美術館で開かれた高松次郎との二人展や、昨年暮から今春にかけてイタリアとドイツで行われた具体美術協会を紹介する展覧会などで再現されたことがあるが、空中に漂う煙の輪が醸し出すユーモラスで幻想的な雰囲気は元永のタブローにも通じ、煙の形のおもしろさの効果がいかされて、タブローと同じくかたちに対するこの作家の関心を示していて興味深い。

 

 これ以外にも、元永定正には様々な表現のスタイルがある。それが元永定正の自己を表現することにかけては誰にもひけをとらない旺盛な活力によることはいうまでもない。かつて元永も参加した具体美術協会の作家たちは、タブロー制作以外の様々な表現活動を展開したが、元永定正はそうした初期の「具体」時代の活動のあり方を、現在にいたるまで元永流の柔軟な造形思考と表現方法によって継続してきたといってもよいだろう。      

 

(もうり いちろう・学芸員)

 

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