1955年 木版・紙 24.0x18.8㎝ 佐伯祐三はヴラマンクをとても尊敬していた。その佐伯がパリヘの留学をはたしてヴラマンクにあったとき、この画家から、塩のしろさと砂糖のしろさを描きわけなくてはいけないといわれて、すっかり感心している。このエピソードは、佐伯とヴラマンクが、ふたりとも、そういうタイプの画家ではないからおもしろい。ただひとつほんとうらしいのは、かるい冗談さえうけながしたり、いなしたりすることができなかった佐伯の生まじめさが透けてみえることだ。ヴラマンクはもっとふてぶてしい。それに、かれの作品はみればわかるが、えがかれてゆく対象のほうよりも、それをえがく精神、といっておおげさなら、えがくその刻刻の呼吸のほうが絵にとってだいじになっている。表現主義とよばれている画風にちかい(もっと正確にフォーヴィスムといってもいい。人間のなかの動物(的な運動のはげしさ)があらわれている絵画。 しかしこの木版画では、その材質によるのだろうか、わくをこえるようなあらあらしい運動は撃肘され、いっそエレガントでさえある。すくなくとも重たくはない。それは小説『辺境伯』のための挿絵という性格からもきている。肩肘のはった油絵のあいだにうまれたインテルメッツオのような、きどりのないヴラマンク晩年の小品である。 (東俊郎・学芸員) |