館蔵品から
制作年不詳 絹本着色・軸装115.5×42.0cm
しっかりした樹幹から豊かに枝葉を伸ばした枝垂柳が画面の大部分を占めている。背後には桜の樹も顔をのぞかせ小禽が、二羽飛び交い、新緑の下を二人の貴人が傘さされて歩んでいる。 この前田青邨(1855~1977)の作品は、東京芸術大学で青邨に学んだ平山郁夫によって『春』と箱書されている。青邨だけでなく平山郁夫によってつけられた画題なのであろう。 青邨は大正3年、再興第1回日本美術院展に「竹取物語」、大正7年再興第5回日本美術院展には「維盛高野之巻」という歴史画を発表している。この「春」は制作年も不詳であるが、落款印章が大正前期の作品と共通していることも含め、「竹取物語」以後で「維盛高野之巻」を前後する時期に制作したものと考えられる。 青邨の歴史画は事件、人物、風俗など主題は豊富で、表現もまた多彩である。この「春」の主題が何であるかも不明であるが、優雅でな藤原時代の王朝文化に取材したものに違いない。華やかな文化を育んだ平安時代に青邨は明治後半期から興味を抱き、「伊勢物語」、「源氏物語」、「竹取物語」「徒然草」などの古典文学や当時の大和絵の研究を行っている。 この「春」の表現も軽妙な装飾性を保ちつつ、大和絵の伝統と深く繋がり、深い自然観照を基礎にしつつ、大和絵や琳派を消化した青邨独特の的確な線描と堅実な色彩をこの作品から窺うことができる。 (森本孝・普及課長) |