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美術館 > 刊行物 > 年報 > 2001年度版 > 年報2001 収集資料の修復

【収集資料の修復】

編集:田中善明

Ⅰ 藤島武二 《朝鮮風景》

 

1913年 油彩・キャンバス

作品状態(図1)

 

1) 支持体

 

カンバスは中程度の厚さで、密に織られた平織り。張り耳は2-3cmに切られている。糸数は一平方cmあたり、垂直方向に20本、水平方向に14本。

 

木枠はおそらくオリジナル。針葉樹からなり、垂直方向に中桟を1本有する。角は直角に接合されている。計10個の楔(針葉樹、暗褐色に着色されている)を持つ。木枠各辺の幅は5.2cm、内側の厚み1.7cm、中桟は幅3.9cm、厚み1.6cm。

 

釘打ちは2度目のもので、最初の釘穴はカンバス上の穴に対応していて木枠上に残っている。使用されている釘は古く、釘頭の直径は0.5~0.6cm。5~7cmの間隔で、最初の釘に近い位置で打たれている。

 

作品裏面は極度に汚れている。カンバス裏面には、絵具層の亀裂に沿って、暗色のしみが数箇所ある。過去のワニス除去あるいはワニス塗布の際に生じたと思われる。カンバスの張りはやや弱い。最初の釘穴は錆でかなり酸化している。左下角のカンバスと木枠の間に異物がはさまっている。画面左側のカンバス端はひどくほつれている。木枠はすでにかなり楔を打ち込まれている。木枠裏面の全面に、薄茶色の膠テープが残っている。中桟の上側の楔にはひびが入っており、右上の楔の角はかけている。画面から見て左側下端の釘が欠けている。

 

2)地塗り層

 

工場製のオフホワイトの地塗りが比較的薄く塗られている。含油性。カ・塔oスの左端に、地塗りの塗り縁が一部見られる。

 

3)絵具層

 

油彩現在の画面に無関係なインパストが随所に見られ、また画面周縁の欠損部にも別な色が見られることから、現在の絵の下に別な絵が塗りつぶされていることがわかる。

 

画面周縁の半分ほどの地塗り・絵具層が剥落している。画面中には2.3の微小な欠損部がある。木枠が一部、絵具層に亀裂として跡付けられている。亀裂は比較的少ないが、大きめのものが随所に見られる。過去のクリーニング作業において絵具層も除去されたかは不明。

 

4)ワニス層

 

オリジナルではない。現在のワニスの下に、古いワニスの残っている可能性がある。比較的厚塗りで強い光沢を示し、茶色い筆ないし刷毛のタッチが随所に見られる。顔料などで着色されていると思われる。オーバークリーニングで画面の明暗のバランスが崩れたため、暗色のワニスで「補彩」された可能性がある。画面表面の深みにおいて、ワニスは所々白っぽく曇っている。

 

5)額装

 

額縁はロココ様式を模した成型装飾に、オレンジ色のボルス(とのこ)と金箔を施したもの。箱型の外枠にねじで固定されている。良好なコンディション。

 

保存修復処置

 

・作品裏面の汚れを刷毛と湿らせた布で除去。

 

・地塗り・絵具層の欠損部を3%のチョウザメ膠で接着。

 

・画面表面をぬるま湯で大まかに洗浄。

 

・ 地塗り・絵具層の欠損部を膠と胡粉の充填材で充填し(図2)、アクリル樹(Paraloid B72をトルエンに5%に薄めたもの)で分離。顔料とPVAC(Mowilith 20をエタノールに溶かしたもの)で補彩。

 

・ 薄い打マール樹脂ワニスを塗布することにより、光沢を調整。

 

・作品裏面保護のため、厚さ5mmのゲータフォームを金具とねじで額縁裏面に固定。

 

修復者:浅井千晴

   
作家別記事一覧:藤島武二
藤島武二 《朝鮮風景》 作品状態 図1 修復前

 

図1 修復前

 

 

藤島武二 《朝鮮風景》 作品状態 図2 欠損部を充填中

 

図2 欠損部を充填中
 

Ⅱ 藤島武二 《大王岬に打ち寄せる怒涛》

 

1932年 油彩・キャンバス

作品状態(図3)

 

1) 支持体

 

 カンバスは中程度の厚さで平織り。糸数は一平方cmあたり、垂直方向に12本、水平方向に10本。

 

 オリジナルの木枠は針葉樹からなり、すいちょく方向に中桟を1本有する。角は垂直に接合されている。計8個の針葉樹の楔を持つ。中桟には楔は打ち込めない。木枠各辺の幅は5.1cm、厚み2.2cm(内側1.7cm)、中桟は幅4.2cm、厚み1.1cm。木枠上辺真中端に節穴半分がある。木枠各辺は、作品のサイズにやや不相応に細い。楔はかなり打ち込まれている。

 

 釘打ちはオリジナルで打ち直した跡もない。釘頭は厚手で直径は0.5cm、約10cmの間隔でおおまかに打たれている。木枠右辺真中に茶色く変色した画材店のラベル(1.9×6.1cm)が貼られている:40 / P / 3.30尺×2.40尺 / (画材店のマークの周りに)BUMPODO.CO.KANDA TOKYO.

 

 カンバスはかなり酸化しており、薄茶色でやや柔軟性に欠ける。湿度の影響により、カンバスが一部収縮したと考えられる。また絵具の厚塗りも手伝い、画面真中の明色の波頭部は、著しく凹凸状に変形している。カンバスの張りは弱い。カンバスと木枠の下辺の間に異物がたまり、裏面はかなり汚れている。カンバス縁がほつれている。

 

2) 地塗り層

 

工場製のやや黄色がかった地塗りが比較的薄く塗られている。含油性。

 

3)絵具層

 

全体に厚塗りだが、特に海の部分はやや薄く何層にも塗り重ねられている。岩部は粘りある絵具が塗られ、インパストをなしている。絵具層の随所に乾性油の多用が原因と見られる皺が形成されている。

 

 絵具層の尖った浮き上がりが、特に画面真中の明色部分に集中して見られる。浮き上がりは一部ワニスの上から漂白した蜜蝋を厚くたらすことによって固定されている。蝋は絵具層下にはしみいっていない。浮き上がった絵具層の縁は、蝋ないしこての熱によって、ややつぶされている(図4)。

 

 絵具層には所々、カンバスの織り目に沿って水平・垂直方向にはしる皺が見られる。カンバスの縮小によって生じた皺と考えられる。浮き上がった絵具層下のカンバスも、一部縮小している。

 

 画面周縁の絵具層上層は、額縁の現在の入れ子の裏側に貼り付いて欠損している(図5)。入れ子の裏面に膠が残存していた可能性がある。欠損の特に著しい左端上方の絵具層は、漂白された蜜蝋で固定されている。

 

4) ワニス層

 

 おそらく額縁に入れられた状態でワニス塗布がされたため、画面周縁にはマットな絵具層が見えている。現在用いられている入れ子は比較的新しいので、ワニスの有無を確認することはできない。光沢があり、やや厚く、雑に塗布されている。天然樹脂のワニスと思われる。ワニスは極度に汚れており、黄化している。

 

5) 額装

 

 額縁は成型装飾に、赤色のボルスと金箔を施し、擦れや茶色の上塗りで古色を出したもの。箱型の外枠にねじで固定されている。額縁・外箱裏面は赤茶色に塗られている。低反射ポリカーボネートが、金箔を貼った入れ子と釘で額縁に固定されている。入れ子は額縁よりも新しく、額縁は発表当時のもので磯谷商店製。コンディションは良好。

 

保存修復処置

 

・絵具層の浮き上がりを、アクリル樹脂分散液(Plextol D360+Plextol B500 1:1を1:3に水で薄めたもの)で接着(その際、裏面にしみ出た接着剤により、カンバスに一部暗色のしみができた)。

 

・作品裏面の汚れを除去。

 

・ ステープルを打ち込むことにより、カンバスの張りを改善。

 

修復者:浅井千晴

 

(追加処置)

 

額装の改善(2002年6月、藤島武二展ブリヂストン美術館会場終了後)

 

低反射ポリカーボネートが極度にたわみ画面に接触したため、低反射アクリル板に変更。その際入れ子の擦れを防ぐための処置も施す。また、裏面にはドロアシをつけ、作品とは接しない方法で裏板取り付け(アルミコート樹脂板)。

 

額装改善者:石井亨(石橋財団)

 
 藤島武二 《大王岬に打ち寄せる怒涛》 図3 修復前 図3 修復前

 

 

 藤島武二 《大王岬に打ち寄せる怒涛》 図4 蜜蝋で接着された絵具層浮き上がり部分

 

図4 蜜蝋で接着された絵具層浮き上がり部分

 

 

藤島武二 《大王岬に打ち寄せる怒涛》 図5 画面周縁部の剥落

 

図5 画面周縁部の剥落
 

Ⅲ 児島虎次郎 《日本服を着たる白耳義の少女》

 

1909年 油彩・カンバス

作品状態(図6)

 

1) 支持体

 

中程度の厚さで密な平織りの麻布。糸数は一平方cmあたり、垂直方向に13本、水平方向に12本の糸がある。張り耳は2-3cmくらいの幅で切り落とされている。裏面左側において垂直方向の糸が、地塗りを塗るために仮枠に張るときにできた波型を示している。

 

 張りは二度目のもので、鍛造された釘(釘頭の直径約4mm)が8-9cmくらいの間隔で打たれている。作品の大きさを変えた跡はない。最初の釘穴はカンバス耳に4-10cmの間隔で見られるが、対応する穴は木枠にない。ヨーロッパで描いた作品を木枠からはずして持ち帰り、別な木枠に張り替えたと考えられる。

 

 針葉樹の木枠は水平方向の中桟を持つ。楔は10個打ち込める(失われている)。角は作品裏側まっすぐに、カンバスの裏に当たる側は斜めに接合されている。四辺の幅は5.7cm、厚さ1.8cm(内側は1.5cm)、中桟の幅は5.7cm、厚さ1.3cm。

 

 木枠上辺真中に、赤い印刷のあるラベル(1.6×2.6cm)が貼られ、黒のインクで「3724」と書かれている。同じラベルは木枠右辺上方にも貼られ、「K10」とかかれている。

 

 顔部分のカンバスが、額部と顔の下半分は凸状に、目部は凹状に強く変形している。帯の上部分も凸状に変形している。厚塗りとシッカチーフの多用により描画面側の表面積が局部的に膨張したためと考えられる。

 

 画面右下に前面からの突きによるへこみが二つ並んである。直径は左からそれぞれ4cmと1cm弱で、左側のへこみは先のとがったもので突かれたらしく(図7)、カンバスに軽い損傷がある。カンバスの張りは弱い。右辺上端の釘が欠けている。くぎは一部錆びている。楔は失われている。カンバスの端はかなりほつれて、糸がぶら下がっている。作品裏面は非常に汚れている。

 

2) 地塗り

 

ジンクホワイト(UVランプにより薄黄色の発光)を用いた含油性の固い地塗りが、全面に中程度の厚さでほどこされている。地塗りされた市販のカンバスを用いたとみられる。描画面においては青みがかった白色を保っているが、張り耳においてはやや黄色みがかっている。

 

カンバス耳の地塗りは所々剥離している。画面下端の地塗りは剥落している。

 

3) 絵具層

 

 木炭あるいはコンテによる大雑把な下描きないしあたりの線が、絵具層のない部分に垣間見える。色彩は全体に明るく、絵具はパレットの上であまり混ぜられないまま、大きめのペインティングナイフで塗られている。著しいインパストがみられる。ペインティングナイフのタッチの塗り始めと終わりが厚くなっている。顔や手の部分は、小さいペインティングナイフなどで途中乾かすことなく何度も厚く塗り重ねられている。肌色や着物の模様、帯など以外は、ほぼ一層で仕上げられている。

 

 紫外線による発光から、白色顔料としてジンクホワイトが使用されていたことがわかる。唇などに一部用いられている暗赤色は紫外線ランプの下でオレンジ色の発光を示す。

 

 顔部とその周辺に水平方向の亀裂が顕著である。とりわけ眉の上を走る亀裂は、軽く開口してい尾根状に立っている。随所に集中的な亀裂の形成が見られる。顔部その他に微小な絵具層の欠損が数箇所ある。

 

 顔部の肌色には幅広の乾燥亀裂がほぼ全面に見られる(図8)。前述したシッカチーフの多用が原因と思われる。乾燥亀裂は手部の肌色には見られない。

 

 背景のオレンジ色の随所に見られる薄黒いしみはカビの可能性がある。右上に絵具層上層が細かく割れて剥落している直径1cm前後の箇所が2、3ある。濃い膠などが付着して乾燥した際絵具層上層を引き剥がしたと考えられる。

 

 ペインティングナイフで薄く地塗り層に塗られている暗い赤・暗い青色は、所々乾燥亀裂を起こしている。この部分の亀裂はシッカチーフの多用というよりは、滑らかな地塗り表面への付着がやや劣ったために起きたと思われる。インパストの高い部分は一部平らにつぶされ、黒く汚れている。

 

4) ワニス層

 

 刷毛による塗り縁も紫外線ランプによる発光も見られないが、ある種のワニスが非常に薄く塗布されていると考えられる。極性溶剤(蒸留水、5%のアンモニア溶液など)にはほとんど溶けず、極性の弱い溶剤には溶ける傾向を示すことから、(天然)樹脂ないし乾性油を含むワニスと思われる。

 

 表面の光沢は全体に中程度だが一様ではなく、同色部分でもタッチによって少し異なる。また肌色、暗い赤、青色部における塗布の厚みは比較的少ない。作家が各色面の光沢を調整するため、布などで薄く塗布した可能性がある。

 

 絵具層のとくにインパストの下端は所々黒っぽいワニスに覆われ、表面がシッカチーフの多用による乾燥亀裂を起こしたように幅広い亀裂をみせている。ワニスが厚い絵具層より早く乾燥してその下層の乾燥を妨げたためと推測される。

 

 ワニスは非常に汚れており、特にインパストの深みには黒っぽい汚れが目立つ。

 

5) 額装

 

 ガラスははめ込まれておらず、絵は数本の細い釘で額縁に固定されている。薄いベニヤ板が額縁裏面にねじで固定されている。

 

 額縁は二重構造で、古い金箔貼りの額縁が木箱のような外枠に固定されている。いずれも良好なコンディション。

 

保存修復処置

 

・ 作品裏面の汚れを刷毛と軽く湿らした布で落とした。

 

・ カンバス裏面に張られた3枚のラベルを軽く湿らせることによりはがし取り、おもしで平らにした後、ホスタファンシートに包んで額縁上辺にステープルで固定した。カンバス裏面に残った膠はメスでできるだけ減らした。

 

・ 顔部と右下のへこみをサクションテーブルの上で処置した。該当部に一時間半湿気を作用させたのち、サクションテーブルを機能させた(約30分間)。額部と右下の変形はやや減ったが、十分な修正には至らなかった。

 

・ カンバスの張りをステープルで修正し、楢樫の楔を打ち込み、麻布片と接着(Beva371)で木枠に接続した。

 

・ 地塗り・絵具層の剥離している部分を3%のチョウザメ膠で接着、後日アクリル樹脂分散液(Plextol D360+Plextol B500 1:1を1:3に水で薄めたもの)で新たに接着した。

 

・ オリジナルの可能性があるとはいえ、薄黒く汚れたワニスは印象派様式の明るい色彩を強く損なうため、ワニスの除去を検討した。しかし同じ色面内でも溶解性に差異があるため、完全な除去は断念した。アセトンでより良い溶解性を目指すことができるが、表面の光沢も失われるため、イソプロピルアルコールによりある程度の光沢は残しながらワニスを減らす処置が取られた。ワニスや汚れの溜まりやすいインパストの深い部分のみアセトンで減らした。後にワニスの分析ができるよう、画面下部の左右に無処置の部分を残した。また、使用した綿を、顔部の肌色と背景のオレンジ色につきそれぞれ取っておいた。

 

・ 画面周縁の地塗り・絵具層の欠損部をにかわと胡粉の充填材で充填し、アクリル樹脂(Paraloid B72をトルエンに5%に薄めたもの)で分離した。補彩を顔料とPVAC(Mowilith 20をエタノールに溶かしたもの)で行った。

 

・ 処置後、表面の光沢が目立ってマットになったオレンジ色の背景にのみ、薄いダマール樹脂ワニス(テレピン油で1:7に薄めたもの)を布と小筆で薄く塗布した。他の部分の光沢も全体に落ちたが、顕著ではないため、ワニスを重ねることはなされなかった。

 

・ 裏面のベニヤ板の替わりに0.5cm厚のゲータフォームを額縁に金具とねじで固定した。

 

修復者:浅井千晴

   
作家別記事一覧:児島虎次郎
児島虎次郎 《日本服を着たる白耳義の少女》 図6 修復前

 

図6 修復前

 

 

児島虎次郎 《日本服を着たる白耳義の少女》 図7 カンバス裏面から見たへこみ部分

 

図7 カンバス裏面から見たへこみ部分

 

 

児島虎次郎 《日本服を着たる白耳義の少女》 図8 顔部に見られる乾燥亀裂

 

図8 顔部に見られる乾燥亀裂

 

 

児島虎次郎 《日本服を着たる白耳義の少女》 図9 修復後

 

図9 修復後
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