IV. 80年代、以後
1. 絵画
以上見てきた多彩な活動はしかし、日本もふくめ、スペイン国外では必ずしもひろく知られてはこなかった。アンフォルメル以降、再びスペイン美術が国際的な注目を集めるのは、1980年代になってからである。制作面および市場面でミニマル・アート、コンセプチュアル・アートがもたらしたいきづまりの意識を破るべく、一種の人工的な流行として登場した新表現主義の波に乗るかのようにして、若い世代の画家たちが一躍クローズ・アップされたのである。そこには、アンフォルメルおよびポップ・アート双方の翼のもとで、奇妙なイメージの自動増殖をつむいできたゴルディーリョの強い影響も働いていた。バルセロー、シシリア、ブロトなどをはじめとするこれら多くの画家たちは、絵具や支持体などの物質性の強調とイメージの浮動を特徴とする。この点自体は国際的な新表現主義とことなるものではないが、一方で物質性の強調においてかつてのアンフォルメルとのつながりを感じさせつつ、それらと色彩やイメージとの交渉の、層状の厚みをなす地に足がついたあり方は、スペイン的な特色と呼べようものを感じさせなくもない。 もっとも新表現主義との類縁が強かったのはバルセロー(1957- )(1)(fig.38)で、ちょうど研修期間中、IVAM のセントル・デル・カルメでその回顧展が催された。1980年代前半の作品は、芸術家の創作にまつわる主題をダイナミックで流動的な構図で描いたものが多く、色彩は多彩だが、土壁状のマティエールゆえか、けばけばしくはならない。80年代後半になると、白のモノトーンの、静謐な画風に転じる。ただ近作では、褐色調が復活しつつも、ややヴォルテージが落ちているようだ。 シシリア(1954- )(2)(fig.39)は、しばしば幾何学的な構成を、激しい色彩と厚塗りなどで処理した作品で登場した。その後、やはり白のモノトーンでイメージの消滅/出現を主題にした画面を作るようになる。 ブロト(1949- )(3)(fig.40)の作品においては、色彩やイメージは、しばしば褐色を基調にした物質の流動の内に溶かしこまれながら、そのためかえって、透明感をかねた層状の厚みの中から輝きだす。 この他、ゴルディーリョの影響下から出発して、とらえどころのないイメージの逸脱をもくろむガルシア・セビーリャ(1949- )(『100の絵画』no.85-87)、暗く厚いマティエールに宗教的なイメージを刻むビクトル・ミラ(1949- )(『100の絵画』no.88-89)(4)をはじめとする『100の絵画』展で紹介された画家たち(図録 no.70 以下参照)、さらに、チェマ・コボ(1952- )(5)、サバテール(1953- )(6)、ビアプラナ(1955- )(7)(fig.41)、アグスティ・プーチ(1957- )(8)、サンチェス・ルビオ(1959- )(9)(fig.42)、ホセ・マヌエル・シリア(1960- )(10)など、具象抽象を問わず多彩な面々がこの時期輩出している。 当館に作品が収蔵されているアルバセテ(1950- )(『100の絵画』 no.90-92)(11)(fig.43)もそうした内に数えることができる。筆触を強調したオルフィスム風の作品から出発した彼は、やがて色調を抑制することで、イメージの発出とゆらぎを主題とするようになる。 バレンシアからはたとえば、カルメン・カルボ(1950- )(12)(fig. 44)が70年代後半から活動している。カルボの作品は一見オールオーヴァな絵のように見えるが、支持体をおおうのはつねに小さなコラージュである。コラージュの集合は均一に画面をおおう時もあれば、書のように見えたり、具象的なイメージを紡ぎだすこともある。コラージュと平面の組みあわせはやや安易なまとまりをもたらすきらいがなくもないようだが、この可変性こそがおそらくはカルボの身上であって、その必然的な帰結として、立体、さらにインスタレーションへと展開していく。 またサンレオーン(1953- )(13)(fig.45)は、粗いズック布のようなものに、格子など演繹的なモティーフをかぶせる。布の物体としてのなまさと演繹的な観念性が重ねあわされることで、強い緊張が生みだされている。 |
1. cf. Catalogue of the exposition Miquel Barcelóo, Institute of Contemporary art, Boston, 1986. Catalogue of the exposition Miquel Barceló, IVAM, 1995. 『ミケル・バルセロ』展図録、アキラ・イケダ・ギャラリー、1985。また Catalogue of the exposition Double figures, Museum of Modern Art, Oxford, 1986. 『スペイン・アート・トゥデイ』展図録、軽井沢・財団法人高輪美術館、1989。 |