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美術館 > 刊行物 > 友の会だより > 2002 > ニューヨーク美術事情 桑名麻理 友の会だより no.59, 2002.3.27

〔ニューヨーク美術事情〕

桑名麻理〈元三重県立美術館学芸員〉

友の会の皆様、
美術館を退職して10ケ月、在職中皆様に大変にお世話になりながら、ご挨拶申しあげる機会を逸しておりました。遅ればせながらこの場を借りまして、心よりの感謝の気持ちをお送りさせていただきます。本当にありがとうございました。退職後は、夫の仕事の都合でニューヨークに滞在しております。とはいえこの滞在も一年間という期限つき。それもまたほぼ終りに近づいております。

こちらに参りました当初は、美術館の仕事を通じて興味を覚えた近代デザイン史を、自分なりに整理しようと考えておりました。ところが思いがけないめぐり会わせからメトロポリタン美術館の日本美術部門でボランティアとしての仕事を得、美術館に定期的に通うようになりました。まるで三重での生活が続いているようで、心地良い日常のリズムとなりました。そんな時に起きたのが9月11日の世界貿易センタービルを狙ったテロ事件です。この国の繁栄の象徴であった建築が跡形もなく消え去ったことは、癒し難い喪失感を人々に与えました。日常がいとも簡単に脅かされ、大きな時代の転換が象徴的に訪れたようでした。

名建築の一つがあっけなく無くなりましたが、皆に愛され、国宝級に大事にされている建築もあります。フランク・ロイド・ライトが設計した落水荘です。

落水荘はペンシルヴァニア州の西端、ピッツバーグの近くに位置します。地図上では横幅45cmの合衆国をわずか4~5cmだけ左に寄るだけです。それでも車で走りに走って8時間、往復16時間の強行軍となります。昨年10月のある週末、夫(建築を教えています)と私はついに落水荘行きを敢行しました。

ピッツバーグの企業家が依頼したこの別宅は、1934~37年にかけて建てられました。敷地内の小さな滝がお気に入りだった施主に、ライトは、滝の音がいつでも楽しめるよう、その真上に家を建てることを提案しました。施主ばかりか施工業者をも戸惑わせた奇抜なアイデアでしたが、ライトはコンクリートを使いながら巧みに建てています。

建築家のアイデアが強く反映された落水荘ですが、一言で言って見事な建築です。居間は50人ぐらいのパーティが開けるほど広く、岩盤を室内に露出させた暖炉もあります。対照的に、書斎や寝室、ゲスト用の寝室などはコンパクトなサイズです。どの部屋も総じて天井が低く、190cmぐらいしかありません。けれどもこれが、空間を、親密で居心地の良いものにしているのです。大自然と室内、パブリックとプライヴェートなど、対照的な要素を空間の抑揚として変化をつけた、楽しい住宅です。窓を開ければ滝の音が聞こえ、森の中にありながら、小さな居場所でちょっぴりの孤独を楽しめるのです。なんとも贅沢です。

ライトは彼のアイデアを完璧に実現するため、家具、照明、テキスタイル、窓枠など、あらゆる細部をデザインし、統一性を図りました。余分な要素などまったくない、芸術的な空間です。私は、そんな空間やそれを創り出したライトの情熱、あるいはそれを可能にした時代に対し、なかば憧れ、感心し、そしてなかば古くさいこととして感じました。

落水荘は60年以上を経、この冬大規模な改修工事を行なっています。失われゆく近代建築が多いなか、こうした建築は今後、アメリカの歴史の中でどのように位置づけられていくのでしょうか。そんな興味を覚えました。

メトロポリタン美術館から見たミッドタウンの摩天楼
落水荘外観その1
落水荘外観その2

友の会だより no.59, 2002.3.27

ニューヨーク美術事情Ⅱ-クリスマスの頃- 友の会だより no.61, 2002.12.20
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