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美術館 > 刊行物 > 友の会だより > 1996 > 作家訪問7:野口巳緻子 友の会だより 43号より、1996・12・1

作家訪問〈7〉 野口巳緻子

夏の暑さから解放された9月中旬の1日、会報部6名は学芸員の森本さんに案内して頂き、日本画家野口巳緻子さんを松阪のお宅へお訪ねしました。野口さんは小雨の中、門口に迎えて下さり応接間に通されました。秋の七草の色紙や民芸調の焼き物がさり気なく飾られてあり、お母様の点てられたお薄と季節の栗のお菓子を一同恐縮して頂きました。それからアトリエにお邪魔し、2時間もお話をお聞きしたり、絵を見せて頂いたり、幸せな一時を過ごさせて頂きました。

野口さんは幼い頃から絵をよく描き、女学校の頃の友人の紹介で嶋谷先生個人からのほか、一丘会というグループの中でも、35年にわたり師事されたとのことでした。今はその延長の小さなグループで活動なさる傍ら、公民館、松阪、四日市でご指導しておられます。

日展に初入選された初期の頃には、今と異なり芭蕉やひまわり、温室の花なども描かれたそうですが、その後草叢の花や野菜にも目を向け、山野にさくししうどの白いレースのような花の向こうに、風景が透けて見え、美しいと思い、さらにガラス越しに見えるもの、ガラスに反射して映るもの、その取り合わせの面白さ、美しさを表現したいと描き続けておられるとのことです。

10年間の日展入選作の絵葉書を見せて頂きましたが、独特の空間表現が不思議な魅力になっています。作品の一つ一つに込められた先生の思いも話して下さり、改めてもう一度実物を拝見したいという気持ちに駆けられました。

「このような繊細な絵を描かれるには、並大抵なことではないと思いますが」という質問に答えて、先生は絵に向かう時の心構えをたんたんと話して下さいました。構想、構図、下絵に長い時間をかけ、下絵の時には、素材の配置や色を何度も変えたり苦心なさるそうです。下絵は納得いくまで、やり直されるとのことです。大下絵、本画は床に置いて這うようにして描き、最後に立てて仕上げると具体的に分かりやすく説明して下さいました。

日本画の流れとして、だんだん洋画に近づいていますが、伝統のある日本画の原点も大切にしたいと、古くからの手法についても、勉強を怠らないよう心がけておられるとのことで、頭の下がる思いでした。

次に新しい作品を見せて頂きました。信州の風景画は、遠景の雪の山と近くの山の新緑のさまざまな芽出しの色とその前に立つ白樺の白い幹、その調和した美しさに見とれました。そのほか、鳥瓜、黄色のバラなど、並べて見せて頂き、いまだにその絵の印象が目の奥に焼きついています。

日展に24回入選、日展会友ですが、そのほかに県文化奨励賞や地域文化功労文部大臣表彰など数々の賞を受けておられます。現在も三重文化審議会委員や県展審査員などもなさり、多忙な日々を過ごしておられます。一方趣味の焼き物も手掛け、その作品がアトリエに飾られ、茶碗や大皿になって、私共も大いに楽しませていただきました。

終戦後の激動の頃、誰もが生活に追われていた時代に絵を始められたということは、余程絵が好きだったのだと思います。それから現在まで描き続け、今は生活の一部として気負うことなく描いておられるとお見受けしました。「この仕事は苦労はありますが、それが大変だとは思いません。締め切りに追われてやっているだけです」と物静かに言われた言葉は、重みがありました。秋の展覧会前のお忙しい時間を割いて頂き、心から感謝し、今後のご活躍とご健康を祈りながらおいとましました。

(浜口昭子)

友の会だより 43号より、1996・12・1

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