安田靫彦《鈴屋翁》

1932(昭和7)年/絹本着色/47.5×56.0cm
手あぶり火鉢で暖をとりながら、読書に耽る和装の男性がひとり。傍らには行燈だけが置かれ、広くとられた余白が静寂を際立たせています。画面の右端には、「軒くらき 春の雨夜の あまそゝぎ あまたも落ちぬ 音の寂しさ」の和歌が添えられています。これは、松坂出身の国学者・本居宣長が詠んだ歌。この作品は、雨の降る肌寒い夜に、「鈴屋」と名づけた書斎で、ひとり書を紐解く宣長の姿を描いた肖像画です。
作者の安田靫彦は、明治時代の終わりごろから戦後に至るまで、画壇の中心を担う日本画家として活躍しました。大正の終わりから昭和の初め頃にかけては、本作のように墨を基調とする抑制された色彩の作品に取り組みました。先行する作品にとらわれることのない主題の解釈と理知的な画面構成、美しい描線と洗練された色彩によって格調高い歴史人物を描き、高い評価を得ています。この作品は、宣長の学問への情熱と、その孤独な精神性を描き出した一幅といえるでしょう。
