中澤弘光《帰途》A
1917(大正6)年/油彩・キャンバス/112.3×161.5cm
中澤弘光は明治期半ばから昭和30年代終わりまでの、およそ70年という長い期間、日本の美術界で活動した画家です。油彩画のほかにも水彩画や、本の装幀、雑誌の挿絵、紀行文の執筆など幅広い分野で優れた作品を残しました。
本作は、1917年の第11回文部省美術展覧会に出品された作品です。中澤はこの年の春と夏、二度にわたって朝鮮半島を旅しています。この旅を通じて、朝鮮半島の風景や現地の人々の姿を取材し、皇室に献上する絵画や展覧会に出品する作品を描き、また版画集や紀行文などの制作に着手しました。
風になびくポプラの木々、その間にのぞく楼閣、白い衣服を頭からかぶった二人の女性などが描かれています。藁ぶき屋根の家や、頭の上に物を載せて歩く人物の姿も見られます。すでに近代化の進んだ都市部では少なくなっていた昔ながらの建物や、民族衣装に身を包んだ人々の姿ばかりを選び描いた絵画は、本作だけでなく、大正期から昭和前半期に多数存在します。それらの作品は、当時の日本の人々にとって異国の珍しい題材として見られただけでなく、近代の日本と東アジア諸国との不均衡な力関係をも浮き彫りにしています。