鹿子木孟郎《津の停車場(春子)》
1898(明治31)年/油彩・キャンバス/57.1×39.0cm
着物を着た女性の後ろ姿が描かれています。女性は橋の上に立ち、線路や脇に立つ小屋、さらには遠くに広がる景色を眺めています。画面の左上に注目して見てみましょう。黒く塗られた地平線の上に、煙を吐き出す煙突が何本か描かれていることにお気づきでしょうか。
鉄道や工場といったモチーフは、都市の近代化や近郊へのレジャー、産業の広がりを表すものとして、マネやモネなど19世紀後半のフランスの画家たちが好んで描きました。この作品においても、線路や工場の煙突は、近代化のすすむ当時の日本の様子をありありと伝えています。しかし、画家がいちばん描きたかったのは、うしろを向いた女性でしょう。他の部分には使っていない、赤や青の絵具を重ねて丁寧に色付けしています。この女性は、当時鹿子木が結婚したばかりの妻、春子です。画家はこの絵のことを妻の名前と同じ、春子と呼んで大切にしていました。
人生というレールの、まさにすべり出しの時期に描かれた、みずみずしさをそなえた作品です。