表紙の作品解説 本多錦吉郎《羽衣天女》
1890年 兵庫県立美術館蔵
鈴村麻里子
1890年の内国勧業博覧会出品作。日本各地に残り、とりわけ静岡市清水区に伝わるものが有名な「羽衣伝説」に材を取った油彩画です。
画面中央に浮遊する天女は古代装束風の意匠を身に着け、両腕に薄い布を纏わせて肘を曲げつつ右腕を頭のあたりまで持ち上げています。衣服は風になびき、天女の体は軸をずらしながら弓のようにしなり、翻る衣の裾からは、素足がのぞきます。油絵という西洋由来の方法を採ってはいますが、題材は日本の古い伝承。人物の面貌も西洋絵画のそれとは異なります。
違和感を決定的なものにしているのは、天女の肩から生える左右一対の大きな翼でしょう。キリスト教絵画の天使を髣髴させる豊かな翼は、作品発表当時から論争の的となりました。ただし、いちど知識を排除して真っ新な眼で作品を眺めてみれば、この翼の造形が画面のバランスを保つのに一役買っていることが分かるでしょう。発表当時、翼を持たない天女を見慣れていた同時代人のなかにも、決して本作を批判せず、むしろ擁護した人物がいたことを書き添えておきます。
開国間もない明治20年代に、ヨーロッパの伝統美術における歴史画(神話や聖書等、物語に取材する絵画)の本質を日本に移植しようとした試みが窺える貴重な作例です。架空の人間[の姿をした生物]を「飛ばす」システムについて考察うえでも、最も興味深い作例の一つであると言えます。
(友の会だより97号、2015年3月31日発行)