第22話  みんなでつくろう展覧会によせて

 早いもので、今年の「みんなでつくろう展覧会」も、もうすぐおしまい。そこでしみじみと懐古しながら、いくつか覚書を。

「伊勢物語って面白い」
 改めて思うのはこのひとこと。特に、あまり顧みられることのない嵯峨本以後の江戸時代の伊勢物語絵の面白さを引き出せたのは今回の収穫だと思います。「何が書いてあるか」つまり、絵師が「何を選んだか」という点には、前からこだわってみたかったので、私としては楽しい仕事となりました。

「図録が早い」
 今回の参加者は前回に勝るとも劣らぬ「こだわり人間」で、しかもアイデアが沢山出て実行力がある。そこで、前回の反省会の指摘を活かして、図録・ポスター・ディスプレイ部会を作って同時に仕事が進められるようにしていきました。
 私の担当は図録部会。部会とは言っても編集と校正が仕事で、文章は全員に割当てなのは去年と同じです。ところが、今年の人は文章が早い!正月の宿題で文章を割当てたら、正月あけにはほとんどそろってしまった。しかもかなりの人がメールでどんどん送ってくるから、編集作業も早い。ITを生かした図録版の仕事は、作業の早さの点では「いっちば〜ん」でした。

「ディスプレイが長い」
 おそらく一番時間をかけていたのがディスプレイ班。定例以外の集まりも一番多く、それでも時間が足りないほどアイデアが出てきていました。体験コーナーには没になったアイデアも結構あるのですよ。結局このコーナーの完成が展示の完成になったというくらい、最後までこだわったグループでした。

「ポスターはえらい」
 全体の先陣を切らなければならないのが広報に関わるポスター班です。だからすべての班の中で一番先に結果を出さなければならず、しかもセンスだけが物を言うポスターづくりは大変でした。そして終わったら他の班のお手伝いに回るといしう大奮闘。まことにポスター班は「えらい」選択をしたことと思ったでしょう。

「前回参加の皆さん」
 今回、二年連続の参加はお一人だけ(友達つれてきました、これぞ友釣り商法?)でしたが、勉強会には何人か去年のメンバーもいらしてました。そして会期が近づくと、メールが来たり、実際に展示室に現れたり、ちょっとした同窓会感覚になりました。

「皆さんの発見」
 今回もいろいろと興味深い発見があったのですが、詳しくは図録を読んでいただくとして、図録班のメンバーの仕事から主なものを二つ紹介いたしましょう。

  郡司島絢子さんの発見
   「伊勢物語図色紙」の第9段の富士山に煙が描かれています。これは宝永四
   年(1707)年の富士山の噴火を効かせているのではないでしょうか。嵯
   峨本をはじめ、ほかの展示資料の富士山はどれもが煙を吐いていません。特
   に時期の接近した、伊勢物語色紙貼交屏風の富士山が煙を描いていないのは
   注目すべきことです。この色紙は、いわゆる奈良絵の典型で、こうした奈良
   絵は江戸時代前期で無くなることと、色彩の中に成立が新しいと考えられる
   あざやかなピンク色が見られることから、十八世紀初頭の成立と考えられて
   いました。つまり宝永の噴火とはぴったり時期が合うのです。
    総じて富士山に煙を描く例は極めて少なく、この発見は、奈良絵には際物
   的(タイムリー)な意匠を効かせることがあったと考えられる証拠となるか
   と思われます。

  西岡久美子さんの発見
    「伊勢物語屏風」には嵯峨本に見られる第93段「思わびて」、第119
   段「男の形見」、第125段「ついに行く道」の3場面がありません。この
   3場面は、『伊勢物語』の終末に近く、「思いわずらう」「形見を残す」「
   わずらって死にそうになる」と、どうも縁起の悪い段と認識されそうなもの
   ばかりです。それに代わって採用されているのが、第90段、第107段、
   第121段で、特に問題のないものばかり、つまり意図的に差しかえられた
   可能性が高いのです。このことは、この屏風がいわば縁起物、恐らく婚礼な
   どの「めでたい儀式」のために作られた可能性が高いことを示しているもの
   と思われます。

 今年も色々なことがありましたが、「みんなでつくろう展覧会」無事に終わりそうです。来年度は三十六歌仙絵でやりますので、またよろしくお願いいたします。

 なお、最後になりましたが、今回のテキストとして大変お世話になりました『日本の美術301 絵巻 伊勢物語絵』(至文堂 1991年)の著者、学習院大学千野香織先生が開催直前に急逝されました。
 この本には、参考文献として、本館が行った最初の美術系特別展『王朝文化の美 伊勢物語の世界』の図録(斎宮歴史博物館 1990年)が挙げられており、開館間もなく、右も左もわからず無手勝流で進んできた博物館の学芸員は、図録がそうそうたる美術史の大家の著書に並ぶことに、大変勇気付けられたものです。
 そんなわけで、私的には今回の図録はぜひとも千野先生に見ていただきたかったのです。先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

(主査兼学芸員 榎村寛之)

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