第26話  企画展『姫君のイメージ』によせて~十二単にもいろいろあって~

 まずはこの絵を御覧下さい。
 館蔵の『三十六歌仙図色紙貼交屏風』の色紙の一枚で、江戸時代の歌仙絵です。人物は平安中期の歌人、中務(なかつかさ)ですが、誰かはともかく。
よく見ると、この絵には2カ所の不思議な所があります。

『三十六歌仙図色紙貼交屏風』より「中務」(斎宮歴史博物館蔵)

『三十六歌仙図色紙貼交屏風』より「中務」(斎宮歴史博物館蔵)

 まず、大きな所は、髪の毛の上から裳(も)をつけていることです。
 裳というのは、もともと奈良時代に、くるぶしまでの長さがあるプリーツスカートとして女官の礼服に採用された着物です。それが平安時代には、単衣(ひとえ)の布を腰に結わえて後ろに引きずる形になりました。その時期は詳しい資料が残っていないのですが、十世紀前半の『延喜式』には古い形の裳についての服制が残っていて、十世紀末の『枕草子』には、引きずる形の裳についての表現がありますので、十世紀半ば位に変化しているものと見られています。
 ですから、髪の上からつける、というのはずいぶん変な形なわけなのですね。
 ところが江戸時代の絵画には、しばしばこうした描き方をしているものがあります。その理由はよくわからないのですが、面白いのは、鎌倉時代の『紫式部日記絵詞』にこのような裳の付け方が見られることです。つまり、この絵巻が描かれた鎌倉時代中期の一時期的な流行だった可能性があるのです。
 鎌倉時代には、色々な歌仙絵が作られたと考えられています。有名な佐竹本三十六歌仙絵巻の他、上畳本(あげたたみぼん)、後鳥羽院本、業兼本(なりかねぼん)、藤房本(ふじふさぼん)、そして時代不同歌合絵などで、多くのものは今は散逸しています。
 こうした中に、特殊なファッションの元になった絵があったのかもしれません。
 次に不思議な所は、裳を腰に結わえているのではなく、ふんわりと腰に乗せているように見えることです。
 じつは歌仙色紙の中には、裳を腰に結わえていない絵が見られるのです。ではどうしていたか。掛帯(かけおび)といって、帯を肩越しにサスペンダー【ズボン吊り】のように掛けて、お腹の前あたりで結ぶという留め方をしていたのです。そしてこの留め方は、鎌倉時代以降に出てきたようなのです。この絵の場合、右の袖の上を、裳と同じ白色の帯が越えているのがおわかりでしょうか。これが掛帯の表現ではないかと考えられます。このように留めると、裳は腰に結ぶ必要がなくなり、ふんわりとした感じに見えるのです。
 ここで描かれている裳の不思議な感じは、そうした付け方をしている絵を写したから生じたのかもしれません。
 このように、江戸時代に描かれた歌仙絵の「十二単」姿には、いろいろユニークな特徴が見られるものが少なくありません。
 もともと十二単という言葉自体、平安時代には使われておらず、鎌倉時代の『源平盛衰記』が最も古い資料とされています。平安時代には細かい故実はなく、禁色と呼ばれる色の規制の他には、割合に思い思いの着方をしていて、贅沢禁止の対象となったとも言われます。
 そして裳や唐衣(からきぬ)といった、貴族女性の礼服を整える着物は、室町時代後期には着られなくなっていきました。一方その頃から、歌仙絵などの形で、「十二単」姿の絵が多く描かれるようになっていったのです。
 そのため、姫君を描く江戸時代の絵師たちは、狩野・土佐・住吉などの有力な画派の人たちでも、実物の姫君の装束を見る機会がほとんどなく、また、大名家や大寺院などに秘蔵されていた絵巻物を見ることもほとんどできなかったと思われます。彼らの描く王朝絵画は、各家に伝わった粉本(ふんぽん)【彩色のない下絵、絵コンテのようなもの】を元に製作するという、実証的な検証が行いにくい、きわめて制限された条件下で作られていったもののようです。最初に見た不思議な姫君の姿は、こうした事情を反映して描かれたものと考えられます。
 こうした事情は、江戸時代を通じて、あまり変わりませんでした。宮廷では、女官の装束の再興が行われましたが、それも平安時代の故実とは異なる点が多く、裳はくるぶし位までしか長さがなかったと言われます。
 私たちの持っている十二単のイメージは、江戸時代の版本挿し絵などの表現をもとに、江戸時代後期の宮廷儀礼の再興や、近代の儀式典礼の整備、そしてカラー印刷の普及による美しい昔話の挿し絵などによって形成されてきたものと考えられます。その分野では、多くの場合、十二単とは「単衣の重ね着」として描かれてきており、私たちの姫君観はこうした絵の影響を強く受けているようです。

『伊勢物語図色紙』より第四十九段「若草の妹」(斎宮歴史博物館蔵)

『伊勢物語図色紙』より第四十九段「若草の妹」(斎宮歴史博物館蔵)

 しかし現在、平安・鎌倉時代の絵巻をカラー写真で見ることは、図書館等で普通にできるようになり、また、インターネットの普及によって、自宅で楽しむことさえごく簡単になってきました。
 こうした社会の変化もあり、マンガやイラストなどで十二単を見る機会は、ここ10年ほどの間に着実に増えてきているように思います。その中でまた色々な表現が生み出されているのが現代といえるのではないでしょうか。
 色々な姫君の絵を見ながら、こんなことを考える展覧会「姫君のイメージ‐絵巻からマンガまで‐」は4月23日(土曜日)から6月5日(日曜日)まで開催します。ご期待下さい。

(学芸普及課 課長 榎村寛之)

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