第90話  地域資料を訪ねて

 博物館の重要な仕事として、未だ知られていない資料の調査、保護を行うというものがあります。斎宮歴史博物館の場合、明確なテーマを持つテーマ博物館なので、他館に比べてそういう機会ははっきり言って少ないのですが、それでも意外な出会いをすることが稀にあります。
 普通にイメージできるのは、鑑定してくれ、と資料を持ち込まれることでしょうが、実はこれは決して多くありません。むしろご所蔵されている本人が気づかない、ということの方が多く、そこに興味深いものが見られることがしばしばあるのです。
 例えば江戸時代の漆器を見せてもらった時に、それを包んでいたのが近世文書の反故だったことがありました。
 こんなものは・・・、と言いながら、出てきたのが、鉄道省の戦前の時刻表だったこともありました。
 何か古そうな絵で、と出てきたのが明治天皇の銀婚式の錦絵で、馬車のことを先例によって輿と称した可能性があることがわかりました。
 中には、戦死されたご家族の日記に、戦時下の生活や意識を知る極めて貴重な社会史的な情報が記されていたこともありました。
 こうした資料は、美術品的な価値はそれほどあるとは言えません。しかし、その地域にどのような情報や文化が行き渡っていたか、を考える上ではかけがえのない資料となるものです。ところが実は、こうした資料の多くは、世代交代や生活様式の変化により、散逸の危機にあります。まず世代が代わると、持ち主の方でもいわれを知らないものが多くなります、つまりその家にとっての価値がわからなくなるのです。そうなると貴重な文化財もただの場所取りになってしまい、処分されることも少なくありません。また、骨董屋さんに売り払ったりしても値の付かないものとして、処分されてしまうことも少なくないでしょう。さらに、生活様式が変わると古い道具類などは当然処分されてしまいます。そうした時に塵芥としてまとめて捨てられた資料もまた少なくないのです。家を改造した時まではあった、という聞き取りをしたことも少なくありません。
 こうした調査をしていて思うのは、少し前の戦前頃のことでさえ、すでにわからなくなっていることが沢山あることですね。今押さえておかないと、散逸してしまう情報というのは少なからずあることを痛感します。
 そしてもう一つ思うのは、流入経路不明の文化財が意外に多いことです。何か知らないが昔からある、という伝世資料がある家というのは意外に多く、中にはこんな文化財が、という例も見られます。例えば斎宮歴史博物館近くの家では、古くからある障子絵が曾我蕭白の作品で、今は指定品、という例があります。
 こうした情報の収集は、もちろん博物館だけで行えるものではありません。地域における協力者があってはじめて実現可能なものです。
 地域の文化財の散逸防止と確保は博物館にとって重要な課題の一つです。こうした作業は地味なものですが、博物館活動の底辺を支える活動でもあるのです。
 こうした調査成果の一つとして、斎宮歴史博物館ではこの夏休みに、はじめて近代をテーマにした展覧会「地域に残る戦争」展を開催いたします。期間は8月1日(水)~31日(金)で、無料展示です。どうぞお見逃しなく。

(学芸普及課 課長 榎村寛之)

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