第67話  祓川で魚のエサになった話・・・

 斎宮歴史博物館では、この夏休みに、博物館エントランスホールを利用して、「ふるさとの清流 祓川」展と題した展覧会を行います。この展覧会では、斎宮としては初めての斬新な試みが行われます。それはっ!
 生き物が登場するのです!
 そう、祓川といえば、斎宮とゆかりの深い川、としてだけではなく、今では、昔ながらの環境がよく残り、淡水魚類が大変豊富な川として、一部で知られているのです。
 というわけで、この展覧会は、祓川の、平安時代から変わらない生物相を残した川という一面を知っていただくためにも開くのです。
 え・・・、魚の種類なんて、何万年レベルで変わらないんだから、平安時代だ現代だって、あまり関係がないんじゃないか、って。
 今そう思ったあなた、環境認識が甘いですっ!
例えば、日本で一番でかい、陸封された水溜りといわれるのは、大阪市の大阪城の堀だそうです(流入する川がなくて、もともとは地下水、今はほとんど下水の二次処理水と雨水だけで保っているらしい)が、ここでも、今住んでいるお魚で一番多いのは、「ブルーギル」という外来魚なんだそうです。ことほどさように、今、日本のお魚の顔がかわりつつある・・・琵琶湖でもブルーギルや、「オオクチバス・コクチバス(ブラックバス)」が問題になっているのは有名ですよね。
 では、われらが祓川はどうか、というわけで、京都大学動物生態学研究室の北村淳一さんや、三重大学生物資源学部の方々の全面的なご協力を得て、展示用の魚の確保を行いました。
 まず、川にしかけをして、魚を確保します。この時に、密漁者と間違われるといけないので、見張り番が必ず必要、しかしながら研究者のみなさんは、効率よいサンプル確保のためにあちこちに散っているので、魚とりの素人である私が、川の中で、しかけと確保した魚の見張りと生態観察をすることになりました、というわけで・・・。
 生まれて始めてウエットスーツなるものを身に着けて、シュノーケリングをしながら、祓川に潜ることになったのですよ。
 斎宮に勤めて十数年、これまで上からしか見たことがない祓川、いよいよその実態が明らかになる、深さは最深およそ60センチメートル、腰より少し高いくらい。膝までの所も少なくない、水質はきれいそうだけど、水質階級は四段階の「Ⅱ」だそうな。なんて考えながら、意を決して水の中にざんぶり。ところが・・・
 何にもいないっ!
 水の中にあるのは、ジャングルのように生い茂る水草と、所々水底に沈んでいる金属などのゴミ、透明度は1メートル位なのに、ほとんど何もいない。眼鏡をはずしてるから、視界が悪いにしても、ほんとに水と水草ばかり、水の流れは結構早くて、意外に流されそうです。あちこち泳ぎながら観察するけど、ほんとに魚がいない。しかけの中には姿があるのに、こちとらの周りと来たら、たまに1cm弱の稚魚が目の前を横切る位。どこの河岸に場所を変えても、何にもいない。
 でも面白いもので、抵抗せずに流れに沿って流されてみると、最初は頭を下流にしていたのに、気が付くと足が下流、頭が上流を向いている。そうか、頭はそれだけ重くて流れにくいのか、なんてことを考えながら、ふわふわ浮かんでいると、気分はほとんど、某タレントが某殺虫剤のコマーシャルで演じていた「ピンクのカッパ」。
 というわけで悪戦苦闘1時間。魚は沢山確保できたけど、個人的にはほとんど成果なし。
で、午後になりまして、もう一度トライ、前のままでは同じことになる、そこで、ふと気づいたのは、動物は動くと逃げる、という単純な事実でした。

 ならば流されないようにして、じっとしてればいいんだ、というわけで、深さ30cmほどの所にふわりと浮かんで、水底に手を伸ばして顔を出している石をつかんで身体を固定し、前後の見通しのいい、水草が途切れて木漏れ日が映える所の観察をはじめたのです。すると・・
 浮き始めてから1分もたたないうちに、目の前を2~3cmのタナゴがひらひらと横切りはじめたのです。そして下の砂地に目をやると、底水魚のカマツカの小さいのが、もそもそとしゃしゃり出てきているではありませんか。さらに、上流に顔を向けて浮いていると、流れに沿ってやってきた10cm近いオイカワやモロコが、すぐ目の前でびっくりしてUターンしていきます。おっ、ターンの拍子に鮮やかな薔薇色が見えたのは、カネヒラの婚姻色に違いない、視力0.1程度の人間に、裸眼でここまで見えるなんて。おや、底の金属ゴミの間に隠れたのはさしわたし15cmはありそうなモクズガニだぁ。これは尋常の事態ではありません。
 あれよあれよと見ている間に、手の甲に何かが触れる感触が・・・。全身ウエットスーツに身を包んでいますが、手首だけは露出しているので、そこだけは敏感なのです。何か知らんと思って視線をやると、なんと、3cm位のヤリタナゴが何尾も来て、手の甲を突付いているではありませんか。おいおい俺は食べ物じゃないよ、それどころか、これが魚を食べる生き物(・・・食べるか、モロコの佃煮なら・・・)なら、そのままパクリだよ、おまえたち、無警戒にもほどがあるぞと苦笑しつつ、ふと気づいたのは、
 そうか、ワニが流木のように水中にたたずんで獲物を待つ、というのはこういう感じなのか、ということです。
 かくして、自然と一体になって観察すること2時間近く、カッパからワニになり、文字通りおびただしい魚を見て、奥深い祓川の一端にようやく触れることができました。オオクチバスやブルーギルに全く出会わなかったのも驚嘆すべきことでした。
 そしてわかったことは、祓川の水はかなりきれいだけれど、沈んでいるゴミは少なくない、とはいえ、家庭ゴミが流入しているわけではないので、流れているゴミは少なく、魚が非常に多い、ということです。つまり、水底の金属系のゴミさえ取り除いてやれば、かなり環境は回復できるようなのです。祓川の環境美化に取り組む人たちが、河畔のこうしたゴミの除去を盛んに行っていますが、川の中も掃除する機会が定期的にあれば、祓川はもっと親しまれる川になるのでしょう。
 しかけすること約7時間、確保した魚は、カネヒラ、ヤリタナゴ、シロヒレタビラ、アブラボテ、カワヒガイ、カマツカ、ギンブナ、コイ、オイカワ、コウライモロコ、タモロコ、ニゴイ、ギギ、シマドジョウ、それにモクズガニ、テナガエビ、カラスガイ、カワニナなど。23日からはじまる「ふるさとの清流 祓川」展ではこれらの魚貝類をごらんいただけます。そして祓川には、このほかにも多くの種類の生物が棲息していますので、実際に来られた時には、また違う魚を見ていただけるかもしれません。
 今年の夏は、博物館で、平安時代の清流に思いを馳せてみませんか。

(学芸普及グループ リーダー 榎村寛之)

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