第65話  20年のカンちがい?がわかった話

 さて、昨年の終わりから筆者は面白い研究に関与しています。それは、「亀卜」の研究なのです。これは、これまでなんとなくわかっているようでわからなかった亀の甲羅を焼く占い、亀卜について、本格的に研究してみようというプロジェクトです。
 これはもともとが、ある学会で、S大学のOさんが、亀卜の歴史について研究発表をして、その席に、亀の研究をしているSさんという生物学の研究者がいて、興味を示した、ということから始まりました。そして、その場でのSさんはすごい疑問を言い出したのです。それは、「海亀の腹甲では占いはできないのではないか」というものでした。
 この連載の「テレビ番組をつくってみました」でも書きましたように、亀卜は亀の腹甲を切り取って将棋の駒のように整形して使用するものと、私は理解していました。しかしいろいろ考えてみると、たしかに腹甲と明記した古い文献は実はありません。私の、亀卜は腹甲、というイメージの根本は、「中国古代の亀甲に明らかに腹甲と見られるものがあること」「曲面で構成され、しかも不整形の大きなウロコ状のピースでできている背甲からは、長さ20cm近い亀卜用の骨板が取れるとは思えないこと」あたりが、私が「亀卜は腹甲」と納得していた理由でした。何人か歴史研究者に聞いてみても、「腹甲と思っていたが、証拠はないなあ」という返事でしたので、こうしたイメージはかなり一般的なようです。
 しかし、Sさんによると、それは二つの点で誤っているのだそうです。
 一つは、陸亀(イシガメとかクサガメとかゾウガメとか)の甲羅は背も腹も骨の変形したものなのですが、海亀の腹甲だけは違うのだそうです。早い話が、陸亀の腹甲はろっ骨などの骨の変わり果てた姿なのですが、海亀の腹甲はキチン質みたいな「すごく硬いたんぱく質」で、ろっ骨はその内側に退化して隠されているのだそうです。だから陸亀を使う占いが腹甲だからといって、海亀もそうとはいえないのです。
 二つは、海亀の背甲は、骨の上をべっ甲で覆われたものであるということです。べっ甲というと「タイマイ」という小型の海亀の美しい甲羅から取れる装飾材、と思っていましたが、じつは亀卜に用いられた主要な亀とみられる、アカウミガメの背甲にもべっ甲質のカバーの層があり、先にのべた「曲面で構成され、しかも不整形の大きなウロコ状のピース」はこの部分なのだそうです。そして、Sさんに見せていただいた骨格標本では、このべっ甲層の下に、なんと、背骨を中心に、それにくっつく長方形の、かなり平面に近い長い骨が、隙間無く並んでいるのです。たとえて言えば、棟がアーチ形になっている切妻形の建物の屋根のような形で。
 つまり、ろっ骨の変形した甲羅が、背の方だけをみっちりと覆っている、それが海亀の甲羅なのです。そしてその骨片の一ピースは、たしかに卜骨によく似ていました。
 こうした指摘を受けて考えると、なるほどと思うことがあります。いくらかたくてもたんぱく質なら、爪と同様に腐敗して残らないはずなので、遺跡から卜骨が出土するのはおかしいのです。そしてじつは、テレビ「千年の涙」を作った時に、二つの疑問が残りました。一つは、火にかけた卜骨が縮んでしまったこと、もう一つは焼くととても臭かったことでした。番組での実験では、骨質を芯にして、たんぱく質の硬い層が覆って板状になっているから、縮むし、臭うのかと思っていたのですが、たんぱく質そのものなら、これも不思議ではありません。
そしてこの研究会が行った、陸亀の甲羅で実験した亀卜実験では、ハハカ(桜の一種)に火をつけて押し当てると、たしかにひびが入ることもあったのです。つまり、骨片ならハハカの燃える枝で「亀卜」は可能だということがわかってきたのです。
 ということは、やはり腹甲を使った可能性は少ないのではないのかな、というのが今の私の考え方です。
 それにしても、陸亀と海亀の甲羅がそんなに違うものだとは全く知りませんでした。常識とは当てにならないものだということをあらためて思い知ったわけで、亀卜というものを知ってから、約20年間もカン違いしていたことになります。
 というわけで、今回のテーマは「ごめんなさい」でした。ぺこり。
(この亀卜実験について興味のある方は、次のホームページの公式掲示板、4月1日頃の書き込みをご覧ください。)

(学芸普及グループ リーダー 榎村寛之)

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