第58話  斎宮百話 テレビ番組を作ってみました。その1

 「斎宮をゴールデンタイムで放送したいのですが」という、とんでもなくありがたいお誘いがあったのは本年三月のことでした。テレビ局は大阪のUHF局のテレビ大阪。放送は九月、二時間番組を予定。作るのは歴史番組に慣れている監督以下のスタッフ。ただし斎宮については素人なので、博物館の全面協力が必要、ということでした。もちろん二つ返事で、早速三月末にわがスタッフは大阪に乗り込み、テレビ大阪と、番組を制作する東通企画の担当者と会議を開いて、先方に番組がつくれそうだ、という実感を持っていただきました。
 ところで筆者もほとんど知らなかったのですが、テレビ番組のオープニングやエンディングに「制作・著作 TV会社 ○○社」みたいな表示が出ますよね。そういう時は、番組を実際に撮影し、編集するのは、○○社の方であることが多いようなのです。この番組の場合、番組を制作するのは東通企画の制作部でした。
 さて、番組の原案をいくつか出した後、放送作家の方が台本を作り始めます。番組を進めていくのは一人の女優、京都でふとしたことから斎宮を知り、伊勢へと旅していく間に斎宮の歴史、斎王の群行、斎王のエピソードなどを折り込んでいく、といったあらすじが整えられていきます。
 次にそれを元に、どの程度の実現性があるか、史実として不自然な所はないか、博物館からはどのような協力をできるか、などの会議が開かれます。こうして色々なアイデアが出ては消えつつ、この番組ならではのセールスポイントが作られていきます。そして最終的に残ったのは
・亀の甲を焼いて斎王を定める「卜定」を再現する
・ 斎王の「別れの櫛」の儀礼にあわせて、天皇の座「高御座」を作る
・ 斎王の食事の試食を行う
・ 斎王群行、伊勢物語などのエピソードを再現ドラマで盛り込む、特に長元二年(1029)の斎王の託宣を再現し、ドラマの中に取り込む
などでした。
 そして粗々の構成が確定すると、次にシーン構成が決められ、それに基づいてロケ日程が立てられていきます。その過程で、スタジオでの再現ドラマ、いつきのみや歴史体験館でロケ撮影する再現ドラマの割り振り、それに伴うセットの準備、日程の確保などが決められていくのです。
 そして六月後半、いよいよ出演者の人選が知らされました。
 まず、旅人の女優は小田茜さん、国民的美少女コンテスト出身の、というより、このごろは「ピュア・ラブ」の、というべきでしょう。そしてご案内役に竹中直人さんと浜村淳さん、ナレーターに鳳八千代さんなど、相当に豪勢なメンバーです。そして再現ドラマの役者さんはオーディションで選ぶ、ということでした。
 かくして七月上旬、ロケが始まったのです。
 最初に撮り始めたのは再現ドラマです。いつきのみや歴史体験館を使っての二日間のロケは深夜に及び、野外ロケでは少女の斎王役の子役、東真理光ちゃんをロケ地木津川に浸け、スタジオ撮影では、狂乱して託宣する斎王に繰り返し演技指導が行われました。筆者は映像展示『今よみがえる幻の宮』と『斎王群行』の制作でこうした映像の撮影方法はよくわかっていたつもりだったのですが、やはりテレビは少し違います。長く観てもらう映像展示の場合、一シーンごとの完成度を求めて何度も取り直すことが多かったのですが、一期一会を狙うテレビ番組は、よりエンタテイメント性が強いこともあり、演技指導も誇張的で、役者さんのテンションを上げておいて、短い時間で一気に撮る、という感じです。これは監督の個性にもよるのでしょうが、ずいぶん面白い相違です。詳しいロケ風景は次回として、今回は、その前に行われた、世にも不思議な大実験について報告しましょう。 

 題して「カメは固かった」
といっても、容器の瓶ではありません。海亀なのです。そう、卜定に使ったカメなのです。
占いに使うカメの甲羅は、おなかの側です。これを切り取って、幅十センチ、長さ十五センチ位の、将棋の駒に似た形の板にして、そこに障子の桟のような、碁盤目風の窪みを作るというのが第一課程です。どうしてもやるのだという意気込みに燃える東通企画のADのM氏は、インターネットで全長1メートル近いアカウミガメの剥製、つまりよく喫茶店とかの壁にかけてある、あのカメを手に入れ、博物館に持ち込んできたわけです。で、糸ノコギリを使って、カメの解体作業が始まったのですが……、
 だいたい私たちは高をくくっていたのです。剥製だから当然中身は出しているはず、つまり背の甲羅と腹の甲羅は、一度切り離して、中身を出した後に継いでいるはずだから、糸さえ見つけだせれば簡単に外れるはず、と。ところが、糸でかがった所を探し、その糸を切ってみたものの、まったくはがれないのです。よくみると、切り離している箇所は上半身と下半身の一部だけなのです。方法はわからないけど、要するに穴をあけて中身を引っぱり出し、詰め物をして糸でかがった、という作りのようなのです。これでは甲羅は離れません。
 そこでとりあえず、首もとの肉の部分を切開してみようとしたのですが、みなさまご存じでしょうか、ウミガメというのは、甲羅から出ている手足や首も非常に固く、糸のこが全く通らない位なのです。そこで今度は、腹の甲羅に錐で穴を開けて、そこの糸ノコギリを入れて切る、という方法に変えたのですが、錐を打つと、一つ穴が空くころには、錐の刃が棒の部分に逆に食い込んでしまい、ちょびっとしか頭が出なくなっている、というありさまです。とにかく固い、おそろしく固い。ついにあきらめた私たちは、電気ノコギリを調達して、強引に解体を始めました。すると…
 臭い!電気ノコギリの熱と甲羅の固さのため、接触している面が摩擦で焼けるのです。生臭い焦げる臭いが、博物館の一階の管理部分に充満してしまい、大騒ぎになりかけました。
 でもとりあえず、ダイヤモンド型の甲羅の一片【カメのおなかの甲羅も、ダイヤモンドのような六角形か八角形のような型をしているのです】を切り取ることができました。そうしたら…
 厚い!平均して厚みが一センチ、もっとも厚い所では三センチにも達するほど厚いのです。これじゃ簡単に切れないのは当たり前、成熟したウミガメはサメでも噛めないといいますが、うーん、恐るべし、カメなのです。
 しかしそれ以上に恐ろしいのは、大した道具もないのに、この甲羅を切り取り、しかも将棋の駒型に整形し、薄く調整していた古代の卜部の人たちです。だって本当に、実物が出土するのですから。
 いったいどうやって作ってたんだろうね、とため息をついて、とりあえず第一ラウンドが終了ました。
 しかし私たちの想像を絶する大きな問題は、なおこの後に待っていたのでした。それは、卜甲を火に掛けた時に判明した驚愕の事実です。ガスバーナーの火であぶられた卜甲は、ひびが入るどころか、まるでするめを焼くように、シュルシュルと縮んで、黒い固まりになってしまったのです。この報告には、恥ずかしながら開いた口がふさがりませんでした。カメの甲羅は、カルシウム分だけではなく、多くのタンパク質も含まれていた、ということなのですね。なるほど、それなら電気ノコギリで切った時に臭い匂いがしたはずです。
 それにしてもこれは驚きでした。これまで卜甲については、ハハカ(サクラのこと)の木の枝で焼く、とは知られていたものの、具体的な焼き方についてはほとんどわかっていなかったのです。で、焚き火の中に入れようか、焼けた枝を押し当てようか、ということを考えていたのですが、焚き火では絶対にだめ、そして焼けた枝くらいではひびは入らない、という実験結果が出たのです。
 では、本番ではどのようにしたのか、それは番組を見てのお楽しみです。見られない方には、放送終了後にそっとお知らせしましょう。

(主幹兼学芸員 榎村寛之)

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