第43話 「教科書が知らない斎宮」講座 開講中
斎宮歴史博物館では、今年から、原点に返ろうか、という企画を実施しています。題して「教科書が知らない斎宮」。
実際、教科書は斎宮については何も語らないのです。そして教科書が語らないから先生も知らない。先生が知らないから生徒も知らないのは当然のことです。つまり斎王は、歴史的に大事なものだとは考えられていないのです。
そりゃ、政治や戦争に比べれば祭祀や宗教についての教科書における比重が少ないのは仕方がないとは思います。「その時歴史は動いた」ってわけでもないので、取り上げにくいのはわかります。
また、伊勢神宮に仕えた斎王を取り上げるのは、伊勢神宮のPRのようにも聞こえるので、色々と配慮が働いているのかもしれません。
しかし、日本史を教えるのに、斎宮を教えないのは、やっぱり何か変だな、とは思うのです。
たとえば、高校の教科書では律令制度を教える時に、「二官八省」が出てきます。そこに「神祇官」という言葉は出てくるのですが、ほとんど説明はない。しかし、太政官と神祇官の二本立ては、唐にも新羅にもない、日本の律令国家だけの特徴なのです。ここでは、
「太政官と八省を置いて政治の実務を行なう体制を固め、一方神祇官を置き、それまで全国の豪族が祭っていた神を統制して、その頂点に伊勢神宮を置き、斎王を派遣した」
くらいの説明が、せめて欄外の補足などには欲しいと思うのです。
べつに伊勢神宮や神道を賛美しているのではなく、伊勢神宮-有力神社-諸神社の関係が東大寺-国分寺-諸寺院の関係と対応するものであり、古代の思想統制が、神と仏をシンクロさせて扱った、ということを理解しておかないといけないと思うのですね。
というのも、こんなことがあるからです。歴史の教科書の中で、中世の仏と神の関係は、神仏習合として出てきます。実際、神仏習合は、現在まで日本人の宗教観に非常に強い影響を与えている考え方なので、教えることはとても大事なことなのです。ところが、手元にある山川出版の『高校日本史B』では、その欄外にこんな一節があるのです。
「たとえば天照大神の本地は大日如来とされた」
「伊勢神宮」についてはひとことも語らないのに、いきなり天照大神かい、天照大神って誰やねん!!!
ということになりませんか。ここはやっぱり「大日如来、つまり太陽を象徴する仏と、天照大神は同じものとされた」くらいは欲しいし、その前提として、律令国家の所で「太陽神である天照大神が天皇の祖先とされ、それを祭る伊勢神宮には斎王を置くなど特別扱いをした。それは律令国家のありかたを象徴するものであった」くらいの説明が必要だろうと思うのですね。
さらに、こうした古代の神社統制の体制は中世の神仏習合の時期に崩壊した後、何と明治に復活し、それが国家神道を支える基盤となり、十五年戦争への道に大きく寄与することになったという厳然たる事実があり、靖国神社問題などで現在にまで尾を引いているわけですから、これは現代史にも関わる問題にもなりうるのです。
このように、斎王制度は、たしかに伊勢神宮という一神社への優遇措置として成立したものではありますが、古代国家や古代の天皇制のありかたを考える上で非常に重要な側面を持つのですね。
ま、そういう固い話やもっと柔らかい話、いろいろととりまぜて学芸員がお話ししています。
次回の「教科書が知らない斎宮」講座、どうぞお楽しみに。
(主査兼学芸員 榎村寛之)