第37話 「斎王群行」江刺ロケ報告 その3
登場人物編
③貫禄十分 藤原資平さん
この映像のオーディションで最も難航したのは藤原資平の役でした。オーディションには「貴族的なお父さん」の雰囲気の人が何人も参加しました。しかし、そのほとんどは演技がナチュラル、つまりテレビ的だったのです。ところがこの映像は一カットが長くなることが予想されたので、欲しかったのは、舞台的な大きな芝居のできる人でした。おまけにこの役は、馬の上でりんとした台詞が必要なので、おっとりしつつも、声の通る人ではないといけなかったのです。
それでもオーデションを通った方はいました。ところがこの方の予定が変わって、辞退されてしまったのです。そこで制作スタッフが急遽声をかけたのが横尾三郎さん。お顔の写真を拝見した時「あー、この人知ってる」と言ってしまいました。大河ドラマなんかでよく公家役で出ている人です。
そして横尾さんはまさにはまり役。立ち居振舞いも、馬の乗り方も、武士ではなく公家になっているのに感心しきりでした。それでいて普段は、ちらほら新潟ことばのイントネーションがのぞく、とても人懐っこい笑顔の方です。面白いのは、撮影が進むにつれ、資房の堀口さんと本当に親子のように見えてくること。おっとりとした中にも貫禄があり、神経質さや微妙な押しの弱さも覗く、といった所は、うん、資房が老成したらこんな感じになるよなぁ、という感じ。こういう所は流石にベテラン、特に、最後の拝礼の直前の表情はまさに「見事」の一言につきます。映像の中で立派な重鎮となりました。
④もう一人の斎王良子内親王
斎王良子内親王とオープニングの斎王役は、室伏ひかりさん。彼女はじつは斎王役のオーディションには参加していなかったのです。彼女はもともと女官候補の一人でした。
このオーディションで予想外に手間取ったのがこの斎王の選定だったのです。
オーディションは東京と大阪で開かれました。方法は監督以下の選考委員が、まず候補者写真に目を通し、次に同じ条件で参加者全員と面接して、まず長く正座ができるか・台詞・動き、その他その役に必要な条件を審査して、各々候補を三人ほど選定したうえ、持ち寄って検討し、決定するというものでした。
ところがこの役だけは、大阪で、準候補かなぁ、という感じの人がいた位で、東京参加グループには雰囲気のいい人がいなかったのです。とりあえずお嬢様っぽければ何とかなる、といわば高をくくっていた選考側は頭を抱えてしまいました。それこそ、この近所には名門女子高がいくつもあるから、地下鉄の駅でスカウトするか、なんて冗談とも本気ともつかない話が飛び出す位…。
ところが、とりあえず次に行きましょう、と始めた女官のオーディションで室伏さんを見た途端、状況が変わりました。後で意見を持ち寄ってみると、監督・プロデューサー・博物館側、何とすべての選考担当が、この人こそ斎王、と決めていたのです。毅然としていて、しかも嫌味が無くて上品、日舞もできるので動きも趣きがあって実にいい、こんな人候補にいたかしらん、と改めて顔写真を見ると、何のことはない、写真の写りが悪かったのでした。
というわけで滑り込みで決まった斎王は、撮影現場でも滑り込みでした。午後一時に江刺入りして、まず藤原の郷内での歩きのシーンや貝合わせの撮影を夕方まで。夜になるとこんどは葱華輦の中での撮影。そして最後にオープニングの、斎王の象徴的イメージシーンの撮影となります。このセッティングに照明さんがこだわりにこだわって、一旦組み上げたものをまたバラす、という繰り返しになって、気がついたら午前様。夜食を取って撮影続行で、結局午前二時頃までかかって撮影完了。そして翌日には帰京。彼女は何の役だったのかわかっていたかしらん…??
⑤優しい後朱雀天皇、かっこいい源実基、そしてひょうきん者の橘兼懐
後朱雀天皇役の八神徳幸さんも、後朱雀天皇の候補ではありませんでした。もともとは藤原資房か源実基のグループだったのです。ところが甘い二枚目ぶりと柔らかな雰囲気、そしてその声が、まさに「あー、後朱雀天皇」という感じだったのです。天皇役と聞いて一番びっくりしたのは御本人だったようですが…。
しかしこの役も難役で、出番は一つ、台詞の一つ。おまけにこの芝居のためにあつらえた御引直衣(天皇の着る白の直衣)に負けない品格が必要なのです。微妙な動きと目線が勝負。ここは、演出の猿若清三郎先生の腕の見せ所でもありましたが、八神さんもよく付いていきました。「別れの御櫛」いいシーンになったと思います。
源実基は田村正俊さん。「いいとこのボンなんだけど、出世欲はあまりない。今で言えば、慶応か青学系の少しプレイボーイを気取った秀才で、趣味はテニスと乗馬、ややらい落な感じ」の青年でやってみてというのが役作りの基礎的な注文でした。ご本人も乗馬ができて、明朗快活な好青年なので、なかなかのはまり役で、神経質な資房とは好一対になっていました。実際撮影現場でもムードメーカーになって、彼の行く所笑いあり、という具合、しかし撮影になると、若い武官、という雰囲気をしっかり作っていました。
そして同じくこのグループに出ていたのが、伊勢守橘兼懐役の岩尾万太郎さん。とにかく明るい人で、いつも元気いっぱい。これもオーディションにでてきた途端、選考委員が一致して「伊勢守」と思ったというからすごいものです。じつはこの伊勢守についても、大きな問題点がありました。『春記』を読むと、ずいぶん怠慢で「愚頑」とまで書かれている人物なのです。でも、そういういやな奴にはしたくない、とはいえ、そんな憎めないキャラクターが簡単に手に入るだろうか…入ったんですねぇ。実に楽しい伊勢守になりました。そして本当なら、伊勢守が出るべき所ではない斎宮前の場面も、彼が出ることで、斎宮目前の締め出しというやりきれなさが緩和され、「またお前か、ヤレヤレ」って感じになることを期待して、再度登場を願ったわけです。結果はやっぱり成功だと思います。「斎王群行のうっかり八兵衛」万ちゃんありがとう。
![]() |
![]() |
藤原資平 横尾三郎さんと、伊勢国司橘兼懐 岩尾万太郎さん、鈴鹿頓宮での応酬のシーン | 田村正俊さんのいい写真がみんな撮り損じ、これでご勘弁を。かっこいい本物は映像で見て下さいね。 |
![]() |
![]() |
良子内親王(17才)の室伏ひかりさん。オープニングイメージの撮影中。ベストショットかな? | 田村正俊さんのいい写真がみんな撮り損じ、これでご勘弁を。かっこいい本物は映像で見て下さいね。 |
(主査兼学芸員 榎村寛之)