第26話 博物館の展示品について考える
えーと、前回予告しておりました、三重県の博物館等4館の活性化会議、第2回が開かれました。というわけで、そのオフサイト・ミーティング(まじめな無駄話)で出た議論が面白かったので、一寸お知らせまで。
本館の展示室Tには、角盥(つのだらい)や唐櫛笥(からくしげ)、ゆする杯といった平安時代の調度品を復元して展示しています。じつはいずれも現代の文化財保存技術の最高峰、つまり正倉院宝物の修復をしている人たちの手による逸品なのです。
ところが、こうした物が「面白くない」という意見が出たのです。理由は「古びてないから」。
しかし、これはなかなか難しい問題なのですね。
小生はあまり海外旅行はしたことがなく、アジアの東側より外には出たことがないのですが、それでも三度ばかり中国を訪れたことがあります。その度に思うのは、偶像に対する考え方の違いでした。総じて日本では、仏像は古びた感じがいいといいます。ところが中国では、いくら古くても、金箔を貼ってピカピカのものがいいというのです。つまり日本では、使いこまれた感じがいい、中国では、新品同様という感じがいい、この違いは大きい。
でも、どんな文化財でも、できた時にはピカピカだったのです。
このごろNHKさんがいろいろな文化財のできたころの姿をCGで復元しています。たとえば宇治平等院鳳凰堂の壁画、中宮寺の天寿国繍帳、源氏物語絵巻、キトラ古墳の壁画、いずれもできた当時の姿が、いかに贅を尽くした優美なもので、今の姿が何と痛んでいることか、という事実が明らかになってきています。やはり出来た当初の姿は比類もなく美しく、その時代の美術の粋、という感じがします。
しかし、こういう私も、それを見ていささかそぐわない気分を味わうことがあるのですよ。何だか薄っぺらい、何だかつまらない、特に源氏物語絵巻を見た時には、それを強く感じたものでした。
結局、そこにあったのは、今残っているそれぞれの文化財と、全く価値観の異なる美術品だったわけです。
わび・さび・もののあはれ、日本人の感性には、「歴史を感じるものが好き」、「風雪に耐えた、って感じのものが好き」という意識が強く見られます。悪く言えば、「痛んだものが好き」。
(ちなみにヨーロッパにもありますね。中世の夜の宴会を描いた油絵の、微妙な採光による深み、とされていたのが、修復してみたら昼間の絵で、陰影と見えたのは単なる積もったホコリだった、という話が。)
でも奈良時代や平安時代の貴族は一寸違うようです。彼らの美意識はそんなに枯れたものじゃない。原料に金銀をふんだんに使い、繊細な技術を持つ職人を抱え、贅を尽くした美術品を愛玩していたのです。彼らが愛したのは、間違いなくピカピカの美術品でした。それを俗物的というのはたやすいことです。でも、小生は、奈良時代や平安時代の文化を考え、彼らの感性にシンパシーを持とうとするなら、やはりピカピカ趣味は必要だと思うのですね。
六世紀から七世紀頃の日本は、まさに「金ぴかの時代」でした。奈良の斑鳩の藤ノ木古墳の遺物が明確に物語っているように、この時代の権力者が愛したのは、金銅の冠や鞍などの装飾品、つまり金メッキされた銅製品なのです。それが権力の表象でもあったわけなのですね。その嗜好が七宝や螺鈿を多用した木製調度品趣味、つまり綺麗さに色々なバリエーションを求めるように変わるのが奈良時代、つまり正倉院宝物の時代、そして平安時代の十世紀頃にやっと、漆と金銀の組み合わせによる木製調度品を愛する文化が定着してきます。しかしそれでも、ピカピカの新品が愛されたことに変わりはないのです。
わび・さびは中世以降の文化と見ていいのではないでしょうか、それも数奇といわれる位で、かなり「わかった」人と「わかったつもり」の人向きのマニアックな。江戸時代の大名道具だって、使いこまれたものがいいという意識はほとんどないように思います。
その意味で、平安時代を感じるには、新品の方がいいと私は思います。しかし、歴史を感じる、というのなら、なるほど使いこんだものの美しさもまた捨てがたい、その感性もよく理解できるのです。
皆さんはどう思われますか?
(主査兼学芸員 榎村寛之)