第1話  斎宮のお正月

 『延喜斎宮式』(えんぎさいくうしき)という本があります。平安時代の法制書で、斎宮研究の基本資料とされているものです。正確には『延喜式』の中の「斎宮式」なので、実物をご覧になりたい方は、『延喜式』でお探し下さい。

 その中に斎宮の正月行事について書いた部分があります。それによると、斎宮では、正月一日にはこんなことが行われていたようです。
 元日には斎王はまず伊勢神宮を遥拝します。その後に宮の南門を開き、斎宮寮の頭以下が斎王を拝む儀式「拝賀」が行われます。その時に男女の官人に絹や綿などが与えられます。一種のボーナスで、賜禄といいます。そして三日には伊勢神宮の宮司、禰宜、度会郡の神郡の郡司が斎王を拝賀し、やはり禄を頂いています。さらに七日、十六日にも斎宮頭に禄が与えられます。これは宮廷儀式によると、白馬(なぜか「あおうま」と読む)節会と踏歌節会の行われる日なので、斎宮でもそうした宴会が行われていたものと考えられます。

 一方、伊勢神宮関係史料の一つで、平安時代のものと見られる『神宮雑例集』には神宮関係者の斎王拝賀について、もう少し詳しい記事があります。それによると、神宮では、正月元日に内宮、外宮ともに神の拝賀があり、内宮の禰宜はその後で外宮を訪れて拝賀し、さらに両宮の禰宜が大神宮司の所に行き宴会になります。そして翌二日は、外宮の禰宜が内宮を拝します。こうして三日目に大神宮司と両宮の禰宜が斎宮を訪れます。宮司と禰宜は束帯、権禰宜は衣冠という正装で、おのおの菓子や小鳥などのプレゼントを持参したようです。そして斎宮の南庭で斎王を拝賀し、饗があり、禄をもらい、再び拝して退出していたようです。

 さて、公式の記録からわかる斎宮の正月行事としてはこんな所ですが、そのほかにも色々な行事が行われていた可能性があります。例えば、『斎宮式』の薬の項には、「正月に屠蘇を供する命婦以下薬を嘗める小児」という記述があります。つまり斎宮ではお屠蘇の献上が行われていたわけです。おそらくこれは朝廷にならったものと考えられましょう。とすれば、朝廷では「供御薬」という儀式で屠蘇と一対で語られることの多い、長寿を祈る食事の「歯固」、も行われていた可能性が高くなります。そして平安時代の源俊頼という貴族の歌集『散木奇歌集』には、「伊勢に侍りける比、宮の御歯固まかでたるを見て読める」という詞書の、1122年頃の歌があることから、少なくとも平安時代後期の斎宮では歯固が行われていたことがわかります。

 さて、こういう風に考えると、他の正月の儀式はどうでしょう。例えば最初の卯の日に杖を送るという「卯杖」という儀式は、なぜか伊勢神宮では行われていました。また、新菜でスープを作るという「新菜御羹」という儀式、十五日の竈木を献じお粥を作る儀礼などの宮廷儀礼は、伊勢神宮でも行われていましたので、斎宮で行われていても何の不思議もないわけです。

 そして、正月を迎える儀式としては、こんなことにも推測は及びます。宮廷での大晦日の夜から元旦の朝にかけては、儀式続きでした。具体的には、大祓・追儺で年が逝き、引き続き天皇の四方拝・朝賀・供薬と続いていきます。これを斎宮と対応させてみると、まず大祓があり、そして元日には、伊勢神宮の遥拝・斎宮官人の拝賀・供御薬と続きます。確認できないのは追儺だけ。追儺は陰陽道の儀礼なので、斎宮では行われていなかったと見ることもできますが、仏教と違って陰陽道は禁止されていないので、陰陽師さえいれば別にできないことはありません。そのことで面白い史料が発見されました。それは、斎宮から東に10km ほど行った、同じ多気郡内にある鴻ノ木遺跡という所から見つかった平安時代末期の土師器の皿です。これには、表裏に絵が描かれ、内面のものは二本の角を生やした怪人が棒と楯のようなものを持って手を広げているように見えます。また外面には何か座った馬のようなものの一部のようにも見える絵が描かれています。これはもしかしたら、追儺で魔物を追う「方相氏」と、大寒に作られる「土牛」を描いたものではないか、とも思えるのです。とすれば、追儺は一般にはほとんど普及しなかった儀礼なので、もしかしたら斎宮で行われた追儺の様子を移したものではないでしょうか。

 このように、斎宮の正月には『延喜式』に書かれない儀式も宮廷に合わせて行われていた可能性があるのですが、そのことを今から150年近く前に指摘していた人物がいます。その名は斎部富嗣、江戸時代終わり位の人で、「斎宮年中行事新式」ほか何冊かの斎宮関係の研究書を遺しているのですが、全く経歴不明。この本についてはおいおい紹介したいと思いますが、ともかくこの人の復元した斎宮の年中行事には、???というものも少なくありません。しかし正月についてはかなり今回の復元に近いものになっているのです、恐るべしっ、江戸時代人。

(榎村寛之)

ページのトップへ戻る