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研究ノート

バッサーノの兎(完結編*)

石崎勝基

兎だったわ・・・丘を越えて見えなくなったけど

Sh.ジャクソン(小倉多加志訳)、『山荘綺談』

 

 「ヴェルニサージュ」ということばは、文字どおりには油絵の仕上げとしてニスをかけることを意味するのだが、それがしばしば、展覧会がオープンする直前、アトリエから会場に絵をもちこんで行なわれたところから転じて、展覧会開幕前の内示日ないし初日を指すようになり、現在でもこの意味で用いられているらしい。そうしたヴェルニサージュに際し一度ならず逸話を残したのがターナーで、もやもやした何ともしれぬ画面に数筆加えただけでもやもやした何ともしれぬ画面に数筆加えただけで、それと読みとれるイメージが浮かびあがる云々というわけだが、(1)その一つに日く、ターナーは「列車の前を必死に走る野うさぎを描き込んでいた・・・彼が列車ではなくの野うさぎによって、絵の題名ともなった『速度』を表わそうとしたことは間違いない」。(2)この絵というのは『雨、蒸気、速度』(fig.1)で、手近にある画集の図版などでは見分けようもないが、実物の前に立ってみれば、列車の前方、線路の上を駈ける兎の姿を確かに認めることができる。

 

 ここに何らかの寓意を読みとれるとして、しかし、画面だけからではたとえば、兎は機関車に轢かれる運命にあるのか悠々とひき離してしまうのか、兎/自然と機関車/人工のどちらに積極的な価値がおかれているのか、いずれとも定めがたい。むしろ、橋とあわせ両者の関係によって作られる奥から手前へというヴェクトルが、左下から右上へ、右上から左下へと画面にそって循環するような大気の動きと緊張しあうことで、画面に、橋の突出にも靄の距離感のつかみがたさにも回収されない、イメージの鮮やかさをもたらしている。とすれば、ここでの兎はその小ささにもかかわらず、構図上きわめて重要な位置を占めているというべきなのかもしれない。

 

 一見して、画面の大勢に何ら影響することのない逸話的なアクセサリーと映りながら、その実、表現の構造と深く結びあうという点では、曾我蕭白の『風仙図屏風』の右端に潜む、黒白一対の兎に登場願うこともできよう(fig・2−3)。この作品については、「黒い風の渦と白い水の渦」を「主役」に、「風に倒された白い衣裳と黒い衣裳のふたりの武人」も「二羽の兎も、それを伴奏する」という形で、陰陽そして風水のはたらきを象徴するとの指摘がなされている。(3)他方黒と白の面の対比は、この屏風にかぎらず、蕭白の画面にしばしば現われる。蕭白における黒と白は、ヨーロッパ近世絵画の明暗法のように連続的に推移するものではなく、ゆえに、立体的な丸みも空間の奥行きも生みださない。不連続なまま大きな面として対比され、もって枠の内側を充填するのだ。だから、しばしば外隈状に、イメージの内部を白いまま残して外の空間の側に墨が掃かれたりするし、分析的キュビスムを連想させる切子面が増殖したりもする。ここでの兎の白と黒も、そうした空間の構造を例示するものと見なすことができるだろう。黒と白の落差が支持体の表面に対し前後しつつ、対をなすため中和しあって表面にもどるという点で、以前当館で催されたヴィクトリア&アルバート美術館展中、ムリーリョの『ヤコブを祝福するイサク』において、暗い壁上の明るい三羽の鳥と明るい空上の暗い三羽の鳥との対が、空間構成上はたした機能と比較できるかもしれない。(4)

 

 さてそれでは、バッサーノの『カナンヘの出発』にあって兎は、表現上必然性を帯びた場所にいるのだろうか?この点の判断は微妙だ。左上がりにゆるやかに傾斜する人と動物の列という主軸に対し、直交することで空間の奥行きを発動させる中央の騎馬の人物の視線、そのほぼ延長線上に兎は位置している。もっとも最初に見たように、構図は、前景に対し背景がやや書き割り状に分裂しているきらいがある。またターナーの『雨、蒸気、速度』の兎同様、注意しなければ見落としそうな大きさではあり、少なくとも現時点の画面の状態(正確には十一年以上前)からすると、チェシャ猫よろしく、土手の暗褐色の内に溶けいりそうな薄塗りだった(と思う)。たとえばサミュエル・パーマーの『早朝』(fig.4)で、画面内のあらゆるモティーフが異様なまでに強調された輪郭で刻みこまれているとして、他と同等の比重で描きだされた兎(5)がもつだけの存在感を、バッサーノの兎もまた有するとは、いささかいいがたそうだ。

 

 ところで、1992年から93年にかけて開かれたバッサーノ展のカタログをぱらぱらと繰ってみれば、プラハの『カナンヘの出発』とほぼ同じ構図の別ヴァージョンが掲載されていた(fig.5)(6)。細部の変化がいくつか見あたるが、内一つが兎に関するもので、プラハの構図ではうずくまっていた兎が、図版で見るかぎり、ベルリンのヴァージョンでは駈けているのだ(fig.6)。駈ける兎は他の主題の構図いくつかにも登場しており(fig.7−8)(7)いずれも、中景の空間を斜め奥にむかって駆けぬけようとしているらしい。同展にはうずくまった兎二匹を描いた素描も出品されていたが(fig.9)(8)、こちらは、『ノアの箱船への動物たちの乗船』のためのものだという。(9)ともあれ、駈ける兎のモティーフが相異なる主題間を通じて現われるとすれば、それは、やはりバッサーノの画面に頻出する身を丸めた犬同様、バッサーノなりその工房での常套句だったのだろう。そしてさらに、これら駈ける兎が『春』での駈ける犬(fig.10−11)(10)とほとんど交換可能であるように、兎がうずくまるか駈けるかもまた、交換可能だったと見なしてよいだろうか。

 

 耳の形のような些細な細部にこそ作者の癖が現われ、もって帰属の手がかりになるとのべたのはジョヴァンニ・モレッリだが(11)、これらの兎たちなるやはり些細な細部はしかし、特定の手の指標というよりは、できあいの記号として機能するように思われる。とまれ、バッサーノ親子なり工房への作者帰属、図像学上の詮議については専門の研究者に任せるとして、ここで問題となるのは、単独であれ複数であれ、ある手が、制作過程の何らかの段階にある画面に、決して主要をなすとはいいがたい些細な形で痕跡を残し、それが、全体の表現に影響をおよぼすともおよぼさないとも断じがたい線上にある、それでいて画面は、そうしたいくつもの線に横切られつつ成立するという点だ。「表面につけられる最初のひと筆がその実質上の平面性を破壊する」と記したのはグリーンバーグだが(12)、実現するしないの如何を問わず、筆は過去と未来へあまた重なりうるだろうし、「表面」もまた、工房だか工場で制作された以上歴史を宿す。この時、バリー・フラナガンの彫刻に言寄せて中沢新一が、「野ウサギは、こちらの世界とむこうの世界の両方に同時に足をかけ、たえずふたつの世界をいききしている。だから、たえずとびはねながら、捕獲の罠をすりぬけていくような野ウサギが、想像力のなかで、どこの世界に帰属することもない、あらゆる領域にとっての境界膜の場所(そこは、こことかあそことか場所を指定することもできないから、場所であって場所でないア・トポスだ)で、ピョンピョンはねまわるようになっても、ちっとも不思議ではないわけだ」と語ったことを思いだすこともできるだろう。(13)高橋美彌子がドーミエのある版画に登場した兎について、「巨大なウサギが、びっくりしている狩人を蹴散らして画面の外に跳び出してくるかもしれない。ばったり倒れた狩人や鑑賞者の顔のまんなかに、つぎつぎと長くて大きい足跡がつくだろう」と書いたのも、(14)偶然ではない。

 

 もっとも、一点の絵は無限にありえた可能性を蒸留し結晶させて実現したものであり、それらの可能性を豊饒な渾沌として、可能態のかぎりではらんでいるといわんとしているわけではない。一点の作品は、少なくとも物としては、有限の具体的な作業の結果できあがったものでしかあるまい。ただ、絵具を重ねていく作業は、必ずしも有機的に連続していくものとはかぎらず、ある一筆は先行する一筆に対し、不連続であることで、さらに先立つ筆と筆との間、必然性と恣意性、余剰と欠落、描いてもいい/描かなくてもいい、駈ける/うずくまるの間の不連続な隙間に震えを逆流させずにおかず、それがまた、別の筆をひきよせる。そしてそんな隙間の交差から、何らかの空間なりイメージ、たとえば、時計を手に慌てふためいているかはしらず、一匹の兎がはねだすかもしれないという、これも一つの物語なのだった。

 

(いしざきかつもと・学芸員)

* ひる・ういんど no.22、1988 および no.29、1989より

 

1.Cf. Lawrence Gowing, Turner:Imagination and Reality, The Museum of Modern Art, New York, 1966, pp.38-45.Joyce Townsend, Turner's Painting Techniques, Tate Gallery, 1993, p.58.

 

2.『ターナー展』図録、国立西洋美術館、京都市美術館、1986、P.146 Cat.no.51. Martin Butlin&Evelyn Joll, The Paintings of J.M.W.Turner, New Heaven and London, 1977,Text, p.233/cat.no.409. Catalogue de l'exposition J.M.W.Turner, Galeries nationals du Grand Palais, Paris, 1983, P.146/cat.no.74.

fig.1 ターナー 雨、蒸気、速度

fig.1 ターナー 雨、蒸気、速度 1844 ロンドン、ナショナル・ギャラリー

fig.2 曽我蕭白 風仙図屏風 1764頃

fig.2 曽我蕭白 風仙図屏風 1764頃

ボストン美術館

fig.3 同、部分

fig.3 同、部分

 

3.山梨俊夫、『風の絵』、スカイドア、1994、PP.89-91.

 

4.拙稿、「アクセル×ブレーキ=スピン─英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展よりムリリョ『ヤコブ   を祝福するイサク』をめぐって、『ひる・ういんど』、no.35、P.3 また、ピエロ・デッラ・フランチェカの『聖シジスモンドとシジスモンド・マラテスタ』(1451)における、黒白一対の犬とも比較されたい。

fig.4 パーマー 早朝

fig.4 パーマー 早朝 1825

オクスフォード、アシュモレアン美術館

 

5.この兎は、伝統的な図像にのっとり自然の豊饒を象徴し、もって画面全体にみなぎる生命の横溢に応じるものと*、あるいは作者自身の投影と解されている**。

Raymond Lister, The Paintings of Samuel Palmer, Cambridge,1985, P. 42/pl.no.8.

**James Sellars, Samuel Palmer, London 1974, p.30.

fig.5 ヤーコポ・バッサーノ

fig.5 ヤーコポ・バッサーノ

アブラハムのカナンへの出発1576-77頃 ベルリン、国立絵画館

 

6.Catalogue de l'exposition Jacopo Bassano c.1510-1592, Bassano del Grappa,Museo Civico, Fort Worth, Texas, Kimbell Art Museum, 1992-93, PP.162-163/cat.no.60.

fig.6 同、部分

fig.6 同、部分

fig.7 ヤーコポ・バッサーノ 秋

fig.7 ヤーコポ・バッサーノ 秋

1574-75頃  ウィーン、美術史美術館

fig.8 同、部分

fig.8 同、部分

 

7.id., pp.108-110/cat.no.39『イスラエルの民が奇跡の水を飲む』, PP.142-143/cat.no.51『秋』, PP.164-165/cat.no.61『マルタ、マリア、ラザロの家のキリスト』.

 

9.id., pp.170-171/cat.no.64 単独のうずくまる兎は『地上の楽園』(id., pp.134-136/cat.no.48)、 『ノアの燔祭』(id.,pp.136-138/cat.no.49, PP.174-175/cat.no.66)、『スザンナと老人たち』(id.,pp.191-193/cat.no.72)それぞれの前景にも現われる。

fig.9 ヤーコポ・バッサーノ

fig.9 ヤーコポ・バッサーノ

二匹の兎の習作 1570-75頃

フィレンツェ、ウフィッツィ美術館

 

8.id.,pp.258-259/cat.no.104.

fig.10 ヤーコポ・バッサーノ 春

fig.10 ヤーコポ・バッサーノ 春

1576頃 ローマ、ガレリア・ボルゲーゼ

fig.11同、部分

fig.11同、部分

 

10.id., pp.158-160/cat.no.58.

 

11.Cf・エドガー・ウィント、『芸術と狂気』、高階秀爾訳、岩波書店、1965、第3章。

カルロ・ギンズブルグ、『神話・寓意・徴候』、竹山博英訳、せりか書房、1988、第5章。

 

12.クレメント・グリーンバーグ、「モダニズムの絵画」、川田都樹子・藤枝晃雄訳、『批評空間1995臨時増刊号 モダニズムのハード・コア』、P.48.

 

13.中沢新一、「野ウサギの走り方」、『バリー・フラナガン展』図録、フジテレビギャラリー、1985(『野ウサギの走り』、中公文庫、1989、P.12)。

 

14.高橋美彌子、「待ちぼうけ?ドーミエのウサギ」、『AMBIANTE東武美術館友の会季刊誌』、VOl.23 1998秋、p.14。

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