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アクセル×ブレーキ=スピン─英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展より

石崎勝基

 

 ヴイクトリア&アルバート美術館が所蔵するムリリョの『ヤコブを祝福するイサク』(fig.1)について、R.パーキンソンは「構図が変わっていて」と記したが(1)、実際、主題であるはずの創世記からの一場面は画面左すみ、しかも戸口の奥に追いやられている。画面中央をしめるのは物語とは直接関係のなさそうな女性だ、その背後、陰になって真っ暗な壁をはさみ、右は風景がひろがり、左に建物の戸口、その屋内はさらに二段じかけで、イサクたちのいる部屋のもうひとつ奥、これも物語とは無関係らしい人物の背中が見える。中央を一番手前に、両わきが別々のまま急激に後退したU字型の構図は、空間の一貫性なり連続性を意識的に攪乱させた、かなり人工的なものといってよいだろう。

 

 主題を片すみにおしこめるという点では、パーキンソンが指摘するように、ベラスケス初期の『マルタの家のキリスト』や『エマオの食事』が想起される。ベラスケス自身は、16世紀ネーデルランドの厨房画(ボデコン)、たとえばエンゲルスツェンの『エマオの食事』などに類した作品からヒントをえたらしい(2)。ただし、ネーデルランド・マニエリスムの厨房画にせよベラスケスにせよ、窓だか画中画だか鏡だか、奥の場面と前景のクローズアップされた人物が唐突に対比され、距離の飛躍がトロンプ=ルイユ的な実在感の強調に転じるのに対し、ムリリョのこの作品では、手前の女性とイサクたちの尺度の関係は自然なものだ。つまり、人物や物語以上に、いりくんだ空間構成の面白さがねらわれているわけで、これもパーキンソンの指摘どおり、ファン・ホーフストラーテンなど17世紀オランダの室内風俗画を連想すべきかもしれない。

 

 ところで、構図が奇妙と感じられるのは、主題の場面が中央に位置していないからだろう。意味を伝えるべきものが意味ある位置についていない、いいかえれば、社会なり宗教のシステムが前提とする価値の序列と、構図が一致していないということになる。とすれば逆に、このような構図が生みだされたのは、社会の中で作品がしめるであろう場が、価値のヒエラルキアの上で中心的な位置とは想定されていなかったからかもしれない。すなわち、中心的な意味は、作品の内部ではなく、作品の外で別に位置する。たとえば何らかの礼拝像を芯に、この作品は脇の翼部をしめることが予定されていたとか。あるいはヴィクトリア&アルバート美術館の作品のオリジナルにあたるエルミタージュ美術館の同主題の作品(fig.2)のように、連作の一部をなしていたと推測することもできよう。 素性の詮索はともかく、価値の位階からずれているという社会的位置は、作品自体のありかたに反映せずにはおかなかったようだ。それをしめすのは、レオナルド的な<現実性の程度の相違>(3)、すなわち、空間の遠近なり意義の大小に応じ対象描写の粗密を描きわけるという技法の差異づけが、あまり考慮されていない点である。手前の女性も、左の壁や右の風景も区別なく、手の動きの速さを感じさせる筆致でとらえられる。

 

 エルミタージュのヴァージョンと比較してみよう。エルミタージュの作品でも、室内と風景は二分されている。しかし両者は最終的には、建物の壁が後退する線にしたがって、奥行き方向に統一される。これは、右手前の室内の祝福の場面を、奥行きの出発点として聖別するだろう。さらに、戸口のある壁が陰になり、後退する壁に光があたっている点も、祝福の場面の求心性と正面性を保つ役割をはたす。ヴィクトリア&アルバート美術館の作品ではこの点、手前の壁は明るく、斜めに後退する壁が陰と、逆になっている。そのため、画面の右と左が分断されてしまうのである。加えて、中央で女性が焦点をなすことも、左右の分離を強め、祝福の場面の比重を弱めてしまうだろう。実際エルミタージュの作品に比べ、イサクたちははるかに不明瞭だ。そして、画面の縦横の比例が横長になったことと、中央の女性が動く向きとがあいまって、見るものの視線を右から左へと流れさせる。風景の明、柵と壁の暗、戸口の壁の明、屋内の明というリズムも、空間を横へ並列させている。こういった構図上の性格に応じ、エルミタージュの作品で<現実性の程度の相違>にしたがった筆致が、ヴィクトリア&アルバートのヴァージョンでは、全面をスピーディーに走りまわることになる。

 

 もとより、ヴィクトリア&アルバートの作品と大きさが倍以上あるエルミタージュの作品を、単純に比較することはできまい。ただ、いったん完成した作品と同じ構成をくりかえす時ありがちな粗放化に加え、筆致の粗さからして、離れて、あるいは斜めから見ざるをえないような架け場所が想定されていたのかもしれない。

 

 一方、元来習作の領域に属していたはずの名人芸的な筆致を鑑賞する趣味が徐々に展開してきたことも、背景として考慮しなければなるまい(4)。これは、フィグラツィオン/完成作の領域とプレフィグラツィオン/習作など完成以前の領域が、ルネサンスに分裂した後、バロック以降徐々に接近し、20世紀に再び合流するという、ガントナーの近世美術史のヴィジョンとも関連する(5)。

 

 事実、本展覧会に出品されたクリヴェルリやボッティチェルリら15世紀の作品において、手の動きを反映した筆致はほとんど認められない。クリヴェルリでは、テンペラ特有の息の長いハッチングを別にすれば、白い雲を描くのにすばやい線が用いられている程度である。これが16世紀のティントレットの自画像をへて、17、18世紀から19世紀の印象主義前夜へと、筆致の役割の拡大を、おおまかにはたどることもできよう。ただし、単線的な進化論があてはまらないことはいうまでもない。

 

 ムリリョの作品に話をもどせば、ここでの粗く速い筆致は、濃褐色の地塗りと協同することで、空間の効果をいかす役割をになっている。先に見たように、さまざまな操作の結果、人物や聖書の主題は相対化され、さらに構図も、求心性と正面性をうばわれ横に並列するものとしてある。この時、全体の地平となるかなり暗い地塗りと上塗りとの落差が、空間の厚みをもたらすのである。上塗りは、褐色から黄か白にいたるモノトーンに還元され、筆致と筆致のあいまをのぞかせる。しかも中央の女性の両肩などのハイライト(fig.3)をのぞけば、透明感ないし半透明感が小さくないので、地を被いきってしまうことがない。筆致は勢いのままに横滑りするのではなく、暗色地との関係によってその場に滞留し、勢いが動きうるだけの空間を生みだす。この時筆致は粗さと速さゆえ、平面を連続的に埋めるのではなく、不連続にずらしつづけることで、かえって空間を発現させる点に留意しておこう。空間を、手や目が動きうる自由といいかえてもよい。

 

 空間構成の上で興味深いのは、各二〜三筆でさっと描かれた六羽の鳥である(fig.4)。中央上やや右より、暗い壁の前に白い鳥が三羽いるが、鏡像ででもあるかのように、右手の明るい空、壁と同じ暗い色で三羽の鳥が同じ向きに飛んでいる。暗い壁に明るい鳥、明るい空に暗い鳥と、地と図の明暗を交換することで、四者の座標を包含するだけの空間のふくらみが確保される。

 

 もちろん、19世紀後半以降の作品のように、絵の平面性がいやおうなく意識されているわけではないし、マニエリスム期、あるいは本展に出品されたドガの作品のように、距離の跳躍がはかられたわけでもない。作品の位階が傍系ではあれ、あるいは傍系だからこそというべきか、盛期ルネサンス以後の大地に足をおろした視野にのっとりつつ、有色地からそれと平行な面上のハイライトにいたる明暗ないし光と陰の振幅に、奥へ手前へ横へ斜めへといった複数のヴェクトルを受けいれる座標軸が交差し、その中をすばやい筆致が滑走することで、主題の意味に回収されることのない空間が実現したのである。

 

(いしざきかつもと・学芸員)

 

作家別記事一覧:ムリリョ

fig.1ムリリョ『ヤコブを祝福するイサク』91x155cm、ヴィクトリア&アルバート美術館蔵

fig.1ムリリョ『ヤコブを祝福するイサク』91x155cm、ヴィクトリア&アルバート美術館蔵

 

1.『英国国立ヴィクトリア&アルバート美術館展』カタログ、p.56

 

2.K.M.Birkmeyer, 'Realism and realities in the paintings of Velasquez' Gazette des Beaux-Arts, 1958, p.67-68

fig.2ムリリョ『ヤコブを祝福するイサク』246x357.5cm、エルミタージュ美術館蔵

fig.2ムリリョ『ヤコブを祝福するイサク』246x357.5cm、エルミタージュ美術館蔵

 

3.J.ガントナー「ロダンとミケランジェロ」(『心のイメージ』、中村二柄訳、玉川大学出版部、1983)p.97-103, 136-138。

 

4.L.Steinberg, 'Deliberate speed' Art News, vol, 66.no2, April 1967、およびE.H.ゴンブリッチ『芸術と幻影』(瀬戸慶久訳、岩崎出版社、1979)、p.265-277参照

 

5.J.ガントナー「近世美術における未完成の諸形式」(中村二柄訳、J.Aシュモル編『芸術における未完成』、岩崎出版社、1971)参照。

fig.3 fig.1の部分

fig.3 fig.1の部分

fig.4 fig.1の部分

fig.4 fig.1の部分

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