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ハンリィ・ヴァン・ド・ヴェルド 『バックル』

1898年、銀、アメジスト 7.5x9.5p

ハーゲン、ハンリィ・ヴァン・ヴェルド協会蔵

 

 

 この作品の入り組んだ曲線は、たえず起点および互いどうしよりの声に呼び戻されんとしているかのようで、それに対する抵抗によってこそ張力を得ている。

 

 遠心力と求心力が移動しつつ闘争した軌跡といえようか。もって線は、表面につけ足されただけゆえの放恣に陥ることなく、作品全体の構造に要請されたものとなり、また構造は、表面を支える骨格にとどまらず、自ら動勢を帯びて表面を形成していく。ヴァン・ド・ヴェルド自身語るように、「装飾が形態を<決定>したかのよう」だ。

 

 ところで、ヴァン・ド・ヴェルドの作品にくりかえし現われる、引きしぼられた弓のような曲線は、曾我蕭白の好むところでもあった。当館蔵の『林和靖図』や『竹林七賢図』などを見られたい。注意すべきは、大樹や竹の枝が、画面の部分にではなく、全体に働きかけている点であろう。だからこそ、逃走の痕跡である曲線が、自身そして画面に張りつめたカをもたらしうる。他方、ヴァン・ド・ヴェルドにあっても蕭白にあっても、枠の境界から飛び出そうとすることが、外から与えられた枠の存在を前提とせざるをえず、結局何らかの調和に回収されてしまうというアカデミスムの危険と背中あわせではなかっただろうか。

 

 峯村敏明のテーゼをもじれば<射手座のしるし>と呼べよう、画面の外と内との交渉を作品構築のバネにせんとする同工の方法を、館蔵品からは井上武吉の『my sky hole86―道 no.1,2』、さらに、1978年以降の中西夏之や近年の山本富章、上谷朋子の作品などにも認めることができるかもしれない。

 

(石崎 勝基・学芸員)

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