初夏から秋にかけて、公園や道路わきの芝生の中から茎を伸ばし、その先端に多数の小さなピンク色の花をねじれた穂状に咲かせる植物をみることがあります。県立博物館の近くでも、県庁裏の坂道脇にある芝生の中などでみることができます。この植物は、特徴的なねじれた花の姿をそのまま名前にして、ネジバナと呼ばれています。
ネジバナはラン科に属し、日当たりのよい草地に生える多年草です。国内分布域は北海道から九州で、ほぼ日本全土におよびます。海外では樺太・千島から朝鮮・中国(中部、東北部)・ヒマラヤに広く分布しています。
ランといえばカトレアやフウランなどのように、大切に育てられる園芸植物のイメージがありますが、ネジバナは芝生などの草地で旺盛に繁殖するため、希少種が多いラン科の植物の中ではめずらしく、街中にも生育しています。芝生に寝転んで小さな花の1つを虫眼鏡で見てみると、ラン科の花の特徴である、3枚のガク片と3枚の花弁があり、花弁の1枚(唇弁)が他の花弁と異なる形をしていることがわかります(詳しくは第140回トキソウを参照)。
芝生などの草地にネジバナが多くみられるのには理由があります。一般にラン科の植物は菌類の力を借りて発芽し、その菌類を根の中に取り込んで特殊な根(菌根)をつくり、菌類がつくる栄養分を吸収して成長します。ネジバナも芋のように太い菌根を地中に持っています。その菌根形成にかかわる特定の菌類が、芝生の生育する場所に多く存在するため、芝生などの草地にネジバナがみられるのです。ラン科の植物は菌類との共生関係によって生育し、種類によってその依存度は異なり、鉢植えの方法や、生育地周辺の環境変化によって特定の菌類が減少すると、生育できない種類もあります。芝生の中で旺盛に育つネジバナも、鉢植えにするとうまく育たないことがあるのは、ネジバナと共生関係にある特定の菌類が、鉢の中でうまく生育していないことが原因のひとつと考えられています。
さて、ネジバナは別名モジズリとも呼ばれています。モジズリの名は、「捩摺(もじずり)」というねじれ乱れた模様を染めた絹織物に由来するとされています。ちなみに、百人一首にも採られている河原左大臣の歌「みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれんと思ふ 我ならなくに」にその布の名前をみることができます。また、江戸時代には「もぢずり」の名で栽培されていたことが、『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(元禄8年(1695年))などの園芸書に記載されていることからわかっています。現在もネジバナは小町蘭と呼ばれ、葉に白い斑(ふ)が入ったものや、葉や花の形状が変形したものを好んで栽培することがあります。
身近にみることができるネジバナですが、その特徴でもあるらせん状にねじれた花のつき方についてよく観察すると、左巻き、右巻き、中にはねじれずに一直線に並んだものがあります。どれが基準ということはなく、いずれも適度にばらついてみつかるようですが、地域によって系統に差があるともいわれています。ためしに近くの公園など複数の地点でネジバナをさがして、地点ごとに花のねじり方向の統計をとってみると面白い事実が発見できるかもしれません。
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