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no.4 2005.3.31

マティスからモローへ − デッサンと色彩の永遠の葛藤、そしてサオシュヤントは来ない

石崎勝基

5.マティスからモローへ、デッサンと色彩の永遠の葛藤

5−1.マティス、《オルガ・メルソン》(図28)


腰掛けたモデルをやや斜めからとらえ、画面ほぼ中央に大きく配した単純な構図を、大ぶりの平坦な色面によってまとめることで、なおさらその明快さが強調される。背景上部の明るい緑と下部の暗い青、服の緑と寒色を主に、やはり冷たい肌色と白が加わって拡散しようとする空間を、褐色と黒が引きしめている。構図、色彩構成の明快さは、大筋として見る者に与える印象を変えることはないだろうが、しかしそのかぎりで、画面を見入るほどに、明快さを支えるべき仕上げの粗さが気になりださずにはいまい。


その最たるものが、顎から向かって左下に膨れつつ、胴、腿へと走る黒い弧だ。顎の輪郭をいったん描いた、あきらかにその後から打ちこまれた黒い線は、その軌跡に迷いのない勢いをもって引かれ、なぞられている。モデルのからだの向きにおおよそは応じるとはいっても、弧は、それだけでは納得しきれない違和を、画面上のそれ以外の部分との間に来たさずにいない。これに平行して、左脇から肘の下を横切って左腰に達する短めの弧は、脇と腰では人体の輪郭に一致しながら、肘を横切る点ではやはり説明がつかない。この短めの弧は、いったん途切れてから、左腿の下端を縁どる、やはり勢いのある黒い線へと折れていく。右腿にも同様の黒線が引かれ、褐色によって縁どられていたらしいもともとの腿の位置を、向かって左にずらすような形で、その内側を緑で潰している。とすると、これら黒の強い線は、いったん描いた人物の形態を、全体に左へずらそうとして変更するために枠どった目印と推測することができよう。ただそれにしても、中央の弧の湾曲の自律性は、そうした推測に回収されきらない。


画面から受ける印象を落ちつかないものとしているのは、しかし、中央の弧だけではない。いったいに塗りはずいぶん荒々しい。それでも背景の明るい緑なら、ベージュの地を透かすことで、寒色を主とする画面に温かみをもたらしているのだと見なすことはできる。画面の両端に近くなるほど明るさが増す点も、下半の暗い青の背景が、人物の左で右より明るい点とあわせ、一見平面的な画面に、微妙な空間をもたらすためと考えられよう。他方衣服の緑は、あまりにむらが多く、説明が困難ではないか。最初に見た《黄色いドレスを着たカティア》(図1)における黄の塗りが思い起こされるところだ。


塗りの粗さはさらに、黒の太い線だけに留まらない、随所での訂正の痕跡によって画面の安定を揺さぶらずにいない。背景の明るい緑にしてからが、人物の両脇に沿ってやや厚めに塗り重ねられており、あきらかに人物の体勢を変更したものであることをしめしている。顔の向かって左半では、輪郭を描いた後から絵具を掻き落としてある。顔の右半では、髪の生え際から首筋に沿って、上から厚めの明るいベージュが重ねられる。左肘は、位置を下にずらそうとしたようだが、その結果か、黒く塗りつぶした奇妙な台形をなしてしまっている。


大まかには、当初褐色で縁どりながらざっと描いた人物を、時に塗りつぶし、時に黒い線で整えようとして、位置および向きを変更しようとしたのだと考えてよいだろう。ただそれにしても、最終的に落ち着いた画面に整うことなく放置されたのか、これでよしと判断されたのか、いずれにせよ右下に白で署名が施された。そのため顔や髪の部分の処理、左肘や左腰など、手順を明快に整理しがたい部分が残る。何より中央の弧は、最後まで違和をきしませたままだ。その湾曲は、画面の他の部分と関わりのない演繹性を帯びており、他の部分に対し、外在しているのだ。《赤のハーモニー》(図14)における赤の色面と文様が一つに接合しようとして、完全にではないにせよほぼ成功していたのに対し、ここでの黒い弧と他の部分は、ついに二つのままである。


セザンヌにおける線と色の振動/不決定に比べても、この画面は、制作のプロセスの痕跡といった表情をより色濃くたたえている。にもかかわらず、たとえば《黄色いドレスを着たカティア》ほど、<できあがって>いないとの印象は与えない。一つには寒色を主に、それを暖色がひきしめるという色彩の調和が充溢しているのだろう。あるいは、いくつもの箇所での修正の痕跡が相乗しあって、動的な均衡に達しているというべきか。それとも、修正の痕跡の総和に対し、黒い弧が違和を失なわないかぎりで抑えているのだと見なすことができるだろうか。





図28 マティス、《オルガ・メルソン》
1911、油彩・キャンヴァス、99.7×80.7cm
ヒューストン美術館、テキサス

この作品をめぐる記述をいくつか眺めてみると、フラムは総じて、肯定的な調子でとらえているようだ。「身体がしめす弧状の運動にアクセントを与える、サーベル状の大胆な黒いストロークは、画面になみはずれて絵画的な特質をもたらしており、これは、女性の静的でシンメトリカルなポーズと効果的に対比されている」という(219)


対するにアルフレッド・バーやリチャード・シフの記述からは、それをどう位置づけるかという点での、評価の揺れを読みとることができよう。バーによれば「黒い弧はおそらく、画家の側でのじれったさを暗示しており、不満足から最後の瞬間に加えられた身ぶりなのだろう…(中略)…同時に、この切りこむような曲線はおそらく、マティスがこの時期までに成し遂げた形態上の − 色彩と区別して − もっとも大胆な革新といえよう。同時期にキュビストたちが展開していた線による方策におとらず恣意的なものといってよい。新月刀のようなストロークによってイメージを打ち砕き、現実なり以前の人物素描なりがもつ通常の視覚的慣習から、イメージを引き剥がしてしまうかのようだ」(220)。またシフは、「長い方の線はより<抽象的>で、その存在はいくぶん謎めいている;人物の軸かねじれを定め、人物のダイナミズムのために力の場を画定しようとしているものと見なすことができるかもしれない。あるいは、頭部や腿の小さい弧を、画面上下の縁からはずれた位置に配することで、マティスはおそらく、トルソを、これら二つの画面上の歯止めの間にのびる、一本の長い弧としてとらえなおそうとしていたのである」と記した(221)


他方レミ・ラブリュッスと天野知香の分析は、ネガティヴと見なされる因子に対しいったん中性化をはかることで、画面を葛藤の場としてメタレヴェルから対象化しようとしたものと見なせるかもしれない。ラブリュッスによれば、「いっさいはあたかも、形象があらゆる手だてを用いて造形的構築の内に閉じこめられるのを逃れようとするかのようであり、形象が形式上の諸要素に適合していないかのようであるにもかかわらず、後者は前者を担うものと見なされているのだ…(中略)…形象は葛藤する二つのプランの上に据えられており、ある種不安定な脈動の内で、おのが姿を確実なものにしようとすると同時に消え去ろうともしている」(222)。また天野は、「彼女の身体は曲線によって画面の表面につなぎ止められると同時に、その一部はなかばかき消えた絵の具の層に沈み込んでいる。ここでも対象は描かれながら否定され、構築されながら崩されている。マチスはここで制作の過程における修正や付加を隠すことなくそのまま画面に残すことで制作の時間性や画家の制作行為の痕跡とそれに伴う画家の感覚を意識的に画面に残そうとしている」と述べる(223)。とまれ肯定的であれ中性的であれ、黒い弧や画面の修正の痕は、バーが用いた「恣意的」の語が暗黙の内にしめすように、何らかの否定性の兆しを払拭しきれないのではないだろうか。


緑や青、茶や肌色のひろがりと黒、茶の線とが形態および空間の定位をめぐって干渉しあう画面は、しかし制作の過程を読みとるためのドキュメントに留まらず、宙吊りの状態であるがままに、充実といった語彙を用いて形容するほかない、ある品質をしめしているように思われる。見る者にとって、過程途上での宙吊り状態と質的判断とのいずれが優先されるのかという問いは、たえず一方から他方へと回答を交替させ、やむことがない。


219. Flam, op.cit., p.315.


220. Barr, op.cit., p.131.


221. Shiff, op.cit., p.115.


222. Labrusse, op.cit., p.238.


223. 天野、「マチスと『絵画』の他者」、op.cit., p.137.

エリザベート・ルボヴィシとフィリップ・ペルティエは、マティスの画面における<グラッタージュ=引っ掻き、掻き落とし>に注目し、描く前/後、絵具層の上/下、作る/壊す、見る/触れるといった二項の内後ろの項が、作品からある程度の距離をとって見たり、あるいは複製図版で見ていては気づかないものであることを論じた(224)。その中で《オルガ・メルソン》にも言及したかたわら(225)、入墨をふくむ文様との関わりでマティスの典拠の一つとして、「装飾に関する名人芸的な仕事による表面の壊乱」という点で、モローの絵画を加えることができるかもしれないという(226)。「チェンニーノ・チェンニーニが推奨したように、彼は、女性像を軽く切りこんだ線で − ただしきわめて読みとりがたいのだが − 輪郭どったのかもしれない。そうして女性像が地から浮かびあがるのだ。他方、刷毛でざっと流した地の上に彼が張り渡した、白と黒の線による網の目は、装飾的な要素を固定するためなのだが、時として掻き落としのように見える。実際のところそれは、白の塗りから連続した線が、黒い線によって強調されているのであり、図と地との間をつなぐ視覚上の糸をなすデッサンにほかならない」(227)。掻き落とし自体はモローも時に用いた方法だが(図31)(228)、もっともその後すぐ著者たちは、典拠探しという方法論に疑問を呈してもいるし、また上の<入墨>に言及したと思しい記述も、さらに展開されているわけではない。それ以前に、「しかし、線とくぼみとの違いは大きい」(229)と述べるのは、具体的な物としての画面に対する働きかけを重視する立場からして、自然なことと見なせるかもしれない。彼らは、「タブローの表面に、それとは別の、異質な表面を加えることからなる」コラージュと対比して、掻き落としは、「地を覆ってしまうのではなく、時として地を表面へと回帰させるのだ」(230)という。先にふれたように、モローの<入墨>にコラージュないしモンタージュ的性格が強いとすれば、ここでも対照は強まるばかりだ。


にもかかわらず、掻き落としによって厚みを有した物体としての画面の層状構造が顕わにされるという指摘、その時《金魚とパレット》(一九一四、ニューヨーク、近代美術館)における掻き落としに関して述べられた「一枚の画布を見るのではない、幾枚かのの画布を見るのだ」(231)という指摘 − やはりボードレールの一節を念頭に置いていたのだろうか −、さらに《ノートル=ダムの眺め》(一九一四、ニューヨーク、近代美術館)における描き直しによって生じた二つのカテドラルの間の、「前景でも後景でもない、絵の厚みの中以外には位置づけえない、隙間の領域」(232)に対する指摘は、モローの<入墨>に対する一つの参照点でありうるように思われる。デュシャンの<アンフラマンス>を連想させなくもない「隙間の領域」ないし「隙間の空間」が、あくまで物質の切り開きを指すのだとして、他方、賦彩から乖離した入墨は、やはり賦彩との間に時間的なずれを宿さずにいない。物質の裂開ではないにせよ、イリュージョンとしての乖離が発生し、地の表面への回帰ではないにせよ、回帰すべき先もなくただ積み重なるばかりなのだとすれば、少なくとも画面が「一枚の画布」に留まりえないという共通項をいったんおさえた上で、もう一度対比されるべきなのだろう。


この時《オルガ・メルソン》にもどるなら、掻き落としによる下層の露呈や修正の痕跡、それらに対しても外在する弧などが、フィグラツィオーンに達しきり統合されきることなく、なかばばらばらのまま堆積した相貌に、モローの<入墨>における線と賦彩の併置とマティスの作業とが、ある意味でもっとも接近した地点を見出すことができるかもしれない。


224. Lebovici et Peltier, op.cit.


225. ibid., pp.14-15.


226. ibid., p.23.


227. ibid.


228. ex. cf. Cooke,‘Gustave Moreau entre dessin et couleur, entre décoration et évocation’, op.cit., pp.16, 19.
ちなみに、引っ掻きをシステム化した作家に浅野弥衛がいる。cf. 拙稿、「撫でなでひっかきくちづけを − 浅野弥衛の作品をめぐる覚書」、『浅野弥衛展』図録、三重県立美術館、1996.


229. Lebovici et Peltier, op.cit., p.23.


230. ibid., p.32.


231. ibid., p.28.


232. ibid., p.31,
またp.32. cf. 拙稿、「プチ・ポン拾遺 − メリヨンとマティス −」、『ひる・ういんど』、三重県立美術館、no.69、2000.3、p.7. また、「中村一美ゼミより」、BゼミSchooling System編、『[和英対峙]現代美術演習U』、現代企画室、1989、p.66.

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