初夏の頃、志摩地方では鮑(あわび・鰒とも表記)漁が盛期を迎えます。古来、鮑漁は海深く潜る海士・海女(あま)によって行われ、志摩地方では女性がその役割を果たしてきました。江戸時代の風俗を描いた浮世絵には、このような海女を題材としたいくつかの作品がみられます。
この浮世絵もその一つです。江戸時代末期に多くの俊才を排出した歌川派(うたがわは)の中にあって国芳(くによし)・広重(ひろしげ)とならび当時の浮世絵界を代表した歌川国定(うたがわくにさだ)(三代豊国・さんだいとよくに)の作品です。国定は、舞台の熱演を活写した役者絵、粋(いき)の美意識をよく表現した美人画のみならず、生活の中の何気ないしぐさにまで及ぶ風俗描写に優れ、史上最も多くの作品を残した浮世絵師といわれています。
作品は、三枚の続き物で、現代のハイビジョンテレビに近い横長の画面によって、海女を乗せた小舟や帆船が遠くに浮かぶ凪いだ海原を背景とする広々とした海浜風景を描き出しています。近景には、画面中央から右にかけて着流しの粋な若い男とあでやかな着物の女性を配し、その視線が向かう画面左半分には作品の主題である三人の海女が筵(むしろ)に座って長鮑(のし)(熨斗鮑・のしあわび)を作る姿を描いており、地面に暗色のぼかしを加えることによって明るい海浜風景の中でこれらの人々をいっそう際立たせています。
三人の海女による長鮑(熨斗鮑)の加工の手順は、まず、右側の海女が海から水揚げされた新鮮な鮑を手に持ち、貝殻と見の間にヘラを差し込んで身を取りはずします。前屈みになって一気に力を加えようとする海女の手前には、取りはずされた身が並べられ、右脇や後ろに内面が青光りする貝殻が積まれています。次に、左端の海女が小刀を使って取りはずされた身の外側から渦巻き状に剥(は)いで、細長い帯状のものにしていきます。手前には剥ぎ終わった細長い帯状の鮑が置かれ、中央の海女はこれらを束ねて揃えています。これを背後の砂浜で筵上に並べて天日干しします。その後、生乾きの頃に竹筒などでこれを薄く伸ばし、よく乾燥させると熨斗鮑が完成します。このように作品から一連の長鮑加工の様子を知ることができます。なお、この作品の構図・内容は、蔀関月(しとみかんげつ)の『日本山海名産図会(にっぽんさんかいめいさんずえ)』の挿図「長鮑制」とよく似ています。
かつて、熨斗鮑つくりは各地で行われていましたが、現在では伊勢神宮へ見取鰒や玉貫鰒(熨斗鰒の製品)などを納める鳥羽市国崎町の人々によって、その伝統の技が受け継がれているのみです。その貴重な技術は、県指定無形民俗文化財に指定されています。(SG)
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