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三重県総合博物館 > コレクション > スタッフのおすすめ > 日永うちわ

日永うちわ

資料名 日永うちわ 時代 平成
解説

日永うちわは、現在の四日市市日永、旧東海道の「日永の追分」の周辺で作られていたことから、この地域の名前がつけられました。
日永うちわの起源は、よくわかっていませんが、旧東海道を往来する人たちや伊勢参りのお土産としていたことが『勢陽五鈴遺響』や『伊勢参宮名所図会』にかかれていて、東海道・日永宿の土産物として発達してきたことを知ることができます。
日永うちわの製作は、日永地域周辺の水沢(すいざわ)や川島、鎌ヶ岳地域の女竹(めだけ)を中心に丸竹の節を上下20cmぐらいに切り落とすことから始まります。この竹は、3年物が作業に適しているとされ、1昼夜、水につけて、翌日、64本に割っていきます。この時、竹の性格を考えて根元のほうをうちわの骨になるようにしています。そのあと、糸で上下に等間隔に編んで、うちわの形をつくって、紙を貼ります。紙は、美濃紙(みのがみ)を使います。柄や模様は、木版画の手法で刷られた美人画や富士山、伊勢神宮などが使われます。最近は、新しい視点から伊勢型紙の技法をつかった透かし絵や松阪木綿などをつかって人気を博しています。
日永うちわの製造業者は、明治時代には10軒ぐらいありました。しかし、現在は株式会社 稲藤の1社だけとなってしまいましたが、伝統的な日永うちわの製造技術を守り、伝えています。ただ、紙を貼るなどの一部の行程をするのみで、骨をつくる行程や材料の竹をとるなどは、四国・丸亀や千葉房総などでしています。
日永うちわは、三重県の伝統的工芸品に指定されています。その特徴は、女竹の丸竹を使い、骨と柄が一体となった丈夫なつくりで、柔らかな風がでることとされています。県内では、伊勢でうちわ精算が行われていますが、伊勢は男竹(おだけ)を使っていることが特徴です。また、「津なすびうちわ」「松阪のうちわ」などほかの地域でもつくられていましたが、現在では見られなくなってしまいました。(FG)

日永うちわ
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